本文へ移動
TORENDIA

映画雑感(Ⅲ)

本文約14,300字 ・ 読了時間 約29分

あらすじ(AIが作成しました)

様々な国内外の映画作品を鑑賞した随筆集。にんじん、居酒屋、世界の屋根、忠臣蔵、カルネラ対ベーア、吼えろヴォルガ、ある夜の出来事など多岐にわたる作品を取り上げ、演技や演出の技術、編集の妙、音楽的要素、そして映画が社会や観客に与える心理的影響を論じる。撮影技法や演者の自然な演技を分析しつつ、映画というメディアが映し出す現実と芸術の境界や、現代文明における人間性のあり方について考察を綴る。

寺田寅彦

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 18

一 にんじん

「にんじん」は忙しい時にちょっと一ぺん見ただけで印象の記憶も散漫であるが、とにかく近ごろ見たうちではやはり相当おもしろい映画の一つであると思われた。

登場人物の中でいちばんじょうずな役者は主人公のにんじんである。少しも芝居くさいところがなくて実に自然に見える。幼い女の子も同様である。もっともこれは何もこの映画に限ったことではない。昔のジャッキー・クーガン以来小さい子供はみんなたいてい映画俳優として成効している。日本でも同様である。先日見た「エノケンの酔虎伝」でもお客様に出してある菓子を略奪に出て来る男の子がどの俳優よりもいちばん自然で成効しているように思われた。このことは映画俳優の演芸が舞台俳優のそれと全くちがった基礎の上に立つべきものだということをわれわれに教えるものではないかと思われる。ロシア映画で教養も何もない農夫が最も光ったスターとして現われ、アメリカ映画でも土人のほうが白人の映画俳優の下っぱなどより比較にならぬほどいい芝居をして見せるのも同様な現象である。自然を背景とした芝居では人間もやはり自然な芝居をしなければつりあわないであろう。

こういう意味からすれば、にんじんの父も母も女中もおじさんも皆少し芝居をし過ぎるような気もするが、しかし元来西洋人は日本人に比べると平生でも挙動がだいぶ芝居じみているから、あれぐらいはちょうどいいのかもしれない。

寺田寅彦の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本