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TORENDIA

尼になった老婆

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

文政年間、東本願寺の門跡の行列を一目見ようと、鈴ヶ森に集まった群衆の中に一人の老婆が現れる。老婆は強引に門跡の駕籠に頭を突き入れるが、その額に門跡の手が触れたと誤認した周囲の参拝者たちは、ありがたい御利益を求めて老婆の髪を次々と引き抜き始める。人々の狂信的な熱狂により、老婆は髪を全て抜かれ、最後には尼のような姿となって人波の中に放置されるまでの一連の出来事を、かつての目撃者が語る形で描く。

田中貢太郎

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🎧 尼になった老婆 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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なむあみだぶ、なむあみだぶ、こんなことを口にするのは、罪深い業でございますが、門跡様の御下向に就いて思い出しましたから、ちょっと申します。その時は手前もまだ独身で、棒手振を渡世にしておりました時のことでございますから、さあ、文政の二三年、いや、もうすこし後でございましたかな、東本願寺の門跡様が久かたぶりで御下向遊ばすと云うことになりますと、江戸は申すに及ばず、近郷近在にかけて、それはもう煮えかえるような大騒ぎ、わけて熱心な者は、江戸ではとてもお姿が拝めない、箱根あたりまで出かけて往って、お駕籠といっしょに歩いていたなら、万に一つも拝めないと云うことはないと申しましてな、藤沢から小田原にかけて、我も我もと出かけてまいりました。手前も門跡様がお着きになると云う日は、朝から渡世を休んで、鈴ヶ森の手前まで往って待ち受けておりました。ちょうど花の比で、陽はまだ高うございました。風の無い暖かな日で、磯際へかけて溢れていた人の額に、汗が出ると云うような暖かさでございました。もう干潮に近い比で、海苔しびを立てた洲が一面にあらわれておりましたが、その日は干潟へおりて、海苔や貝を採る者も一人もないので、白い鴎が我が物顔に遊んでおりました。沖を見ますと、潮曇のようにどんよりと曇って、その間から房州の山が薄すらと見えておりました。

程なく門跡様のお駕籠がまいりましたと見えて、なむあみだぶ、なむあみだぶ、と、念仏を唱える声が波の打つように聞えてまいりました。そうなって来ると、その附近にいた信者達は、狂人のような眼つきをして、お駕籠を見ようとしましたが、並木や人の頭ですぐは見えません。気の早い者は、それでも、もう、なむあみだぶ、なみあみだぶ、と念仏をはじめました。

先供をしている寺侍の笠が見えたかと思うと、門跡様一行の行列が見えてまいりました。念仏の声はますます高まってまいりました。人びとは前へ前へと出ますから、行列は右に曲り、左に折れて、真直に歩けませんでした。

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