道灌山
本文約8,000字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
田端駅の崖上に位置する道灌山で、幼い三人の子供たちが汽車や牧田の牛を眺めて過ごした日々を描く。養源寺の墓地や不気味な地蔵、突然現れた白い鳩など、子供の眼に映る不思議な光景と、父の留守中に母を取り巻く親戚や書生らの複雑な人間模様を回想する。本作は、幼少期の単純な生活と大人の世界の不穏な空気が交錯する中で成長する子供の視点から、家庭内の出来事や周囲の風景を綴る。
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小さい二人の男の子と、それよりもすこし大きい女の子とが、ぴったりはりついて目の下にひろがる田端駅の構内をあきず眺めている柵のところは、草のしげったほそい道になっていた。
その細い道は、うねうねとつづいてずっと先まで行っているが、人のとおる道と、すぐそこからはじまっている道灌山との境は誰にもわからなかった。道は、道灌山そのものの崖ぷちにそって通っており、三人の子供がきまってそこへゆく柵のところも、実はもう道灌山のはずれそのものだったのかもしれない。
二人の男の子と一人の女の子とが田端の汽車を見に、エナメル塗りのトランク型弁当箱をもって、誰だったか大人の女のひとにつれられて柵のところへ行った時代と、やっぱり大人の女と一緒ではあったが道灌山のなかで鬼ごっこなどした時代とは、同じでなかった。
汽車が見たい時代に、私たち子供にとってもう一つ実に素晴らしい見ものがあった。それは牧田の牛だった。
母方の祖父のお墓が養源寺という寺にある。うちの裏門を出て、夜になるとふくろうの鳴く藤堂さんの森のくらい横丁をまわって動坂のとおりへ出ると、ばら新といって、ばらばかり育てているところがある。魚屋だの米や、荒物やだのの並んだせまいそのとおりをすこし行って左へ曲ると、じき養源寺があった。
養源寺には、二つ門がある。一つの門は手前にあって、それは石の門だった。石の門のなかにお堂があって、赤いよだれかけをかけた妙なものがそのお堂の奥におさまっていた。お堂の正面のよごれた格子から、うす暗い奥にぼんやりみえる赤いよだれかけは、小さいわたしの眼に、何となし正体のはっきりしない猿のようなものの感じがした。それは気味がわるかった。石の門から養源寺に入ってゆくより、そのとなりについている黒い大きい柱のたった木の門の方から入ってゆく方がすきだった。門のそとに自然石が立っていてそれには、お酒と牛肉を坊さんはたべてはいけない、ということが書いてあるのだそうだった。