従妹への手紙
本文約5,500字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
モスクワを訪れた著者が、ソヴェト同盟の孤児たちが共同生活を送る施設「子供の家」を見学する様子を描く。施設では、子供たちが自ら文化委員などの役割を担い、家事や共同生活を規律正しく運営していた。男女平等の教育環境で、労働者として成長することを目指す子供たちの快活な姿に触れ、著者は社会的な連帯による子育ての重要性を綴る。
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すみ子さん、こんにちは!
今日は湯浅さんとふたりで、珍しいところを見て来たから、忘れないうちにそのことを書きます。「子供の家」を見学して来たのです。
ソヴェト同盟には「子供の家」というものがあるのを、知っている? 親のない子供や、または親があってもいろいろわけがあって一緒に暮らせないような時、ソヴェト同盟には「子供の家」というのがあって、そこで食べさせて、着せて、十八になって一人前の働きてになるまで世話をしてくれる。それが「子供の家」です。
今から十四年前、ソヴェト同盟が新しい社会を建てた時、つまり革命をやった時、沢山の労働者・農民の闘士が赤色戦線でたおれた。間もなく、ひどいチブスが流行して、それでも大勢のものが死んだ。子供も死んだが大人も死んで、孤児がウンとできました。
そういう孤児をソヴェト同盟では立派な働きてとして育てるために多くの費用をかけて国家で「子供の家」を組織したのがそもそも「子供の家」のはじまりです。
今では、モスクワみたいに大きい都会だと各区に一つ以上の「子供の家」をもっている。だんだん「子供の家」にもいろんな種類ができて、日本でいう不良少年のような浮浪児を教育する「子供の家」と孤児の「子供の家」とは別になっている。
私たちの訪問したのは、親のないソヴェト同盟の子供たちの暮している「子供の家」の方です。
市の中心から東に向って電車にのる。
クレムリンの古めかしい壁の外をギーとまわって、菩提樹の下にベンチの並んでいる公園の横を通り、電車は次第に工場の多い区域に進みます。
少し先へ行くとモスクワ第一の大金属工場「鎌と鎚」の工場へ出る、その手前で電車を下りた。
町の名、番地を書いてある紙片を手にもって、曲り角を見上げては、右へ、また右へと静かな通りを進みました。(モスクワでは町の角々の家の壁にちゃんと町名札が出ているから、探すときにはそれを目あてに歩くのです)
暫く行くと左側に「母と子の健康相談所」のカンバンの出た建物がある。その二軒ばかり先が「五月一日の子供の家」です。