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TORENDIA

二つの家を繋ぐ回想

本文約18,300字 ・ 読了時間 約37分

あらすじ(AIが作成しました)

吉祥寺に住む作家は、福井から上京する年老いた父を迎え入れる準備を進める。一方、自身が執筆した作品を巡り、疎遠となっていた母との間に深い溝が生じていた。夫であるAと共に和解を試みるものの、芸術と日常の価値観の隔たりに直面し、母との関係に苦悩する。その後、正月を控え和解の場を設けるが、双方の心情は完全には噛み合わず、作家は人間同士の理解の難しさと、拭いきれない孤独感や疑念を抱き続ける。

宮本百合子

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厭だ厭だと思い乍ら、吉祥寺前の家には、一年と四ヵ月程住んだ。あの家でも、いろいろな事に遭遇した。此の家に移ってからも、二月と経たないうちに、上野で平和博覧会が開かれた。続いて又、プリンス・オブ・ウェルスが四月十二日に来朝される。――

福井から、Aの父が、一遍は我々の家に来て見たい希望のあることは、去年から知られて居た。丁度五月頃、自分が開成山に行って居る時、Aは、独りで寂しいから、来られませんかと云ってあげたのだそうだ。自分は其を知らず、一ヵ月許りの独居から戻って来た。Aは、直ぐ先方に断りを出した。切角決心をし、どんな鞄を持って行こうなどとさえ相談を始められたのに中止したと、夏休みに行って、始めて聴いたのであった。

自分の為に、きっさきを折られて、折角の楽しい予想が裏切られたかと思うと、私は、七十になった老父の為に相すまなく感じた。

十六年も別れて居た息子だ。生きて居るうちに、又とは会われまいと覚悟さえした息子だ。其が、思いがけない時に戻って来た許りでなく、東京で、地方人の心で云えば、立派に生活して居ることを思えば、一度は其有様を眼に見たいのは無理もない。

今年の春休こそは、呼んで上げよう。それ迄に、どうか云うことはないように。自分は冬の中から願って居たのである。

二月に引越せたと云うことは其為にも都合がよかった。三月に入るとすぐ、自分達の心構えを知らせ、上京を促した。私は、悦ばしく、自分の出来る限りを尽す気持で、派手になった十七八頃の銘仙衣類等を解いて、彼の使うべき夜着になおしたり何かした。

彼も来られると云う。四月の始め迄居る積りで、三月の二十日以後に此方は出発しようと云って来た。それ等のことで仕事が出来なくなるのは眼に見えて居る。然し、自分にとって、今度、彼を迎えると云うことは、其不快以上の歓びと感じられた。自分は、それ迄にと思って、約束のある原稿は書き、心をからにして、老人を迎える仕度にかかったのである。

処が、生憎、三月に入ると、とり(女中)の娘が病気にかかって、家に居られないことになった。

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