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TORENDIA

生活者としての成長

本文約5,600字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

青年への呼びかけが強まる現代において、真の成長とは何かを論じる。かつての青年論との質的な違いや、安倍能成が説いた友情の重要性に触れつつ、困難な歴史状況下で、歴史に消耗されることなく、生活者として自らの建設を見出し、歴史に働きかける存在となることの必要性を説く。さらに二葉亭四迷の生涯を辿り、文学の理想を貫く姿勢の重要性と、現代の青年が直面する課題を独自の視点から綴る。

宮本百合子

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🎧 生活者としての成長 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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三四年前、いろいろなところで青年論がされたことがあった。そのときは、現実の社会生活と文化との間にヒューメンなものの可能を積極的に見出してその成長や開花を求めてゆこうとしていた日本の精神のあらわれの一つとして、多くの可能をひそませているはずの人間の青春、青年が評価され直したのであったと思う。

このごろまた雑誌や演説で、ひどく青年は呼びかけられているし、激励されているし、期待するところ大なりとされているのであるが、あのときの青年論とこの頃の青年へのよびかけには、どこかちがったところがある。

何故なら、三四年前青年の人生への価値、未来への期待が語られたときには、主として青年が自発的に自分の存在の意義を発見して、この歴史の進歩と人類のために役立ってゆく美しさについて語られていた。ところが、近頃はめいめいは自発して自己の価値を自覚しなければならないという表現よりも、「諸君は」と、一括した青年群として呼びかけられ、一括した精神と行動との必要に向って注目することを求められている。そして、その声は大変大きくつよく響いているのだけれど、現実には、この間、『都新聞』に詩人の萩原朔太郎氏の書いていられたような青年の無気力という現象があらわれてもいる。

ここに極めて入りくんだ現代の青春の問題が潜められているのではないだろうか。呼びかけの声はちょうど往来を私どもが歩いているとき頭の上できこえるラジオのラウド・スピーカアの声となって空に響いてはいるけれど、それに交る電車の音、群衆の跫音もあって、何となし心にずーっとしみこんで来ない。語られていることにも種々様々の疑問があって、それをただしたいにも時の流れの瀬音は騒然としていて、そんなしんみりとした時間のかかるものの追究のしかたは昨今はやらないという気風もある。そういうところに一言や二言で云いつくし現しつくせない若い精神の苦悩があるのではないだろうか。

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