器用な言葉の洒落
本文約2,100字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
細川幽斎は、武術から料理まで多才を極め、とりわけ歌の頓才と洒落た詠み口で名を馳せる。本書は、幽斎が機転を利かせて難題を切り抜ける逸話を中心に、山崎宗鑑の連歌や欧州戦役での兵士の言葉を交え、機知に富んだ言葉遊びや滑稽な人間模様を綴る随筆である。
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前号に細川護立侯のことを書いたから、今日はその御先祖細川幽斎のことを少しく書いてみよう。護立侯もかなり物識りだが、幽斎はそれにもましていろんなことに通暁してゐた。武術はいふに及ばず、その頃古今伝授を受けたたつた一人の男は彼だつたといふので、歌の方の造詣もほゞ察しることができよう。茶も上手で、とりわけ料理がうまかつた。この方では相当うぬぼれを持つてゐた利休なども、幽斎の前には一寸頭があがらなかつたらしく、ある時などはわざわざ頼んで、鶴の料理のお手前を拝見に往つたことがあつた。
幽斎が頓才があつて、歌の咏み口などが洒落てゐて、おまけに早かつたことは、かなり名高い話である。ある時、わが子の三斎と連れ立つて烏丸家を訪ねたことがあつた。主人の烏丸殿は細川が二人顔を揃へてゐるのを見て、
「細川二つちよつと出にけり」
といつて、ちよつかいを出された。
すると、幽斎は即座に、
「御所車通りしあとに時雨して」
とつけたので、烏丸殿も感心するよりほかには言葉がなかつたさうだ。その日、幽斎が暇乞ひして帰らうとすると、烏丸殿はわざわざ玄関まで見送つて出られたが、こつそり家来の一人に耳打ちをして、だしぬけに幽斎を後から玄関の式台の上に突き倒させた。(おそろしく近代的なお公家さまで、歌よみを優遇するよりも、苛めることを知ってゐる。)そしてこの歌上手の老人が蛙のやうな恰好をして、まごまごしてゐる間に、
「細川殿、たつた今一首所望いたす。」
と浴びせかけたものだ。すると、幽斎は腰を摩り摩り起きあがりざま、
「こんと突くころりと転ぶ幽斎が
いつの間よりか歌をよむべき」
とうたつたので、悪戯なお公家さんも手を拍つて嘆賞するよりほかに仕方がなかつた。
また、ある大名が幽斎を困らさうと思つて、どうぞ歌一首のうちに「ひ」の字を十入れて作つてみてほしいと、難題をいひ出した。幽斎はちよつと思案をしたが、こんな手品師のやうなことは平素仕馴れてゐるので、何の苦もなく、
「日の本の肥後の火川の火打石
日日にひとふた拾ふ人人」