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TORENDIA

追憶の冬夜

本文約4,500字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

子供時代の夜の記憶にある行燈の煤けた痕跡や石油ランプの匂いから始まり、マッチや様々な子供の遊び、雪夜の橇、凍てた夜の街の音といった個人的な追憶を綴る。幼少期の情景、パリ滞在中の難破船という遊び、そしてゲッチンゲンで見た雪橇の幻影などを通じて、遠い過去や異国の記憶を回想し、それらと現在を繋ぐ感覚や心象風景を描き出す随筆。かつての日常の中に潜む詩情と、月夜の神秘的な記憶を鮮やかに描写する。

寺田寅彦

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🎧 追憶の冬夜 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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子供の時分の冬の夜の記憶の中に浮上がって来る数々の物象の中に「行燈」がある。自分の思い出し得られる限りその当時の夜の主なる照明具は石油ランプであった。時たま特別の来客を饗応でもするときに、西洋蝋燭がばね仕掛で管の中からせり上がって来る当時ではハイカラな燭台を使うこともあったが、しかし就寝時の有明けにはずっと後までも行燈を使っていた。しかも古風な四角な箱形のもので、下に抽出しがあって、その中に燈心が入っていたと思う。時には紙を貼り代えたであろうが、記憶に残っているのはいつも煤けており、それに針や線香でつついたいたずらの痕跡を印したものである。夜中にふと眼がさめると台所の土間の井戸端で虫の声が恐ろしく高く響いているが、傍には母も父も居ない。戸の外で椶櫚の葉がかさかさと鳴っている。そんなときにこの行燈が忠義な乳母のように自分の枕元を護っていてくれたものである。

母が頭から銀の簪をぬいて燈心を掻き立てている姿の幻のようなものを想い出すと同時にあの燈油の濃厚な匂いを聯想するのが常である。もし自分が今でもこの匂いの実感を持合わさなかったとしたら、江戸時代の文学美術その他のあらゆる江戸文化を正常に認識することは六かしいのではないかという気もする。

石油ランプはまた明治時代の象徴のような気もする。少なくも明治文化の半分はこの照明の下に発達したものであろう。冬の夕まぐれの茶の間の板縁で古新聞を引破ってのホヤ掃除をした経験をもたない現代青年が、明治文学に興味の薄いのは当然かもしれない。ホヤの中にほうっと呼気を吹き込んでおいて棒きれの先に丸めた新聞紙できゅうきゅうと音をさせて拭くのであった。

その頃では神棚の燈明を点すのにマッチは汚れがあるというのでわざわざ燧で火を切り出し、先ずホクチに点火しておいてさらに附け木を燃やしその焔を燈心に移すのであった。燧の鉄と石の触れあう音、迸る火花、ホクチの燃えるかすかな囁き、附け木の燃えつくときの蒼白な焔の色と亜硫酸の臭気、こうした感覚のコムプレッキスには祖先幾百年の夢と詩が結び付いていたような気がする。

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