TRENDIA CLASSIC
南方
田畑修一郎
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島へ來てもう一月近くになるが、なんて風の吹くところだらう。着いた最初の日、濱邊から斷崖の急坂をのぼつて、榛の木の疎林、椿のたち並んだ樹間の路を、神着村の部落まで荷物をつけた大きな牛の尻について歩いてゆくとき、附近の林、畑地の灌木などが爭つて新芽をふき出してゐるのを見て、又、路が上つたり下つたりして、とある耕作地の斜面のわきに出たとき、その傾斜地一帶、更に上方になだらかな裾を引いてゐる休火山の中腹のあたりまで、煙のやうな淡緑に蔽はれてゐるのを見て、僕は一二ヶ月素通りしていきなり春の眞中にとびこんだやうに感じたものだ。まだ切るやうに冷い風の吹いてゐる靈岸島で汽船の出るのを待つてゐたのは、つい昨日の晩のことなのだから。
だが、三日めから風が出た。そして雨。何といふ強い風だらう。島の人は樹木の搖れさわぐのを見て、すぐに西風だとか、ならいの風だとか云ひあてるが、僕にはそれがどこから吹いて來るのかわからない。あらゆる方角から吹き立てて來るやうに思へる。埃のたゝないのが目つけものだが、その代りに鹽分を含んでゐる。海ぎはのたいていの所はいきなり斷崖となつてゐて、まださう古くない熔岩の眞黒いのが切立つてゐたり、ごろごろした岩塊の堆積となつてゐる。そいつに浪が打ちつけ、しぶき、吹き、まるで霧のやうな潮煙りが崖を驅けのぼつて、その廣い傾斜地を濛々と匍ひ上る。耕地の秣、榛の木の新芽などは潮煙りをしつきりなく浴びるので、葉末が赤茶けて、鏝をあてたやうに縮み、捲き上つてゐる。風はなかなかやまない。終日同じ強さで、二日も三日も吹いて吹いて吹き拔ける。まるで、空のまん中に穴をあけようとかかつてゐるかのやうだ。