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TORENDIA

栄螺

本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

日本海沿岸で育った著者が、夏の海に抱く懐旧の情を綴る。幼少期より親しんだ海での泳ぎの記憶や、荒波を乗り越える術、そして岩場で栄螺やあわびを採る楽しさを回想する。数年前に外房州の千倉を訪れた際に経験した、沖へと向かう高揚感や、岩の割れ目に潜む栄螺を無心で採る喜びを通じ、身体的な経験としての海の記憶を鮮やかに描き出す随筆である。

田畑修一郎

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🎧 栄螺 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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私はもう何年か夏の海に遠ざかっている。海で泳ぐ快味は忘れはしないが段々縁がなくなるようだ。私は日本海沿岸に近い所に生れたので、幼い時から夏になると殆ど毎日のように海へ入った。

私の生れた地方は中国地方の花崗岩の地質のためか、海岸はいわゆる白砂で、水もきれいだ。東京で羽田の潮干狩に行って汚いのにこりた。そのためもあるが、東京に住みついてから十一年ばかりまだ附近の海水浴場へ出かけたことがない。

四五年前にたった一夜、思いがけないことから海に入った。うちの女の子が小学校の夏季生活で外房州の千倉へ行っていたのだが、病気だという電報が来たので慌てて出かけた。この娘は三つの時に疫痢をやって死にかかったことがあるので、てっきりそれに近い病気だと思った。いろいろ心配しながら着いてみると、下駄をはいて友達とそこらを歩いている。あっけにとられた。その年はひどい暑さだったが、千倉は殊に暑さがはげしいように感じた。あまり丈夫ではないので、疲労熱を出したのらしい。

安心したのと、ついでだからと言うので、その晩は子供達の食堂に泊めてもらった。他に父兄が二人いた。私は慣れない所だったので、その晩とうとう眠れなかった。しかし、朝になるとかっと暑くなって来て、何だか気が立っていたせいだろう不眠も何ともなく感じた。その日夕方まで、私は海で時間を過した。

防波堤で小さな湾がつくられ、その外へ泳いで出ると、浪はかなり高く持上って顔にぶつかって来る。岩もたくさんあった。浪のつよい時に岩の間を泳ぐのは多少危い。岩に身体を打ちつけられるのだ。しかし、私は幼い時から馴染んで来た田舎の海を思い出して気持がよかった。ふわりと高く持上げられたり、低く落しこまれたりしながら、何もない沖の方を向いて泳いで行くのはいいものだ。それからあの軽く柔い水の肌ざわり、底が白い砂地だと浪のゆらめきにつれていくつもの細い光りの皺が下できらめく。

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