医師高間房一氏
本文約134,400字 ・ 読了時間 約269分
あらすじ(AIが作成しました)
河原町は、かつての銅山跡が残る閉鎖的な山あいの地である。この町には格式や財産による厳格な序列と、よそ者を排する「河原風」という特異な気風が根付いている。医師の高間房一は、先祖が医から農に転じた家庭に育ち、この町特有の閉塞感や複雑な人間関係の中に生きている。ある日、町で起きた揉め事を通じて神原喜作という人物と再会し、彼が抱える訴訟問題を耳にする。房一は、その平穏な日々の中で終わりの見えない人生の不確かな行手を見つめる。
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第一章
一
この物語の主人公である高間房一の生ひ育つた河原町は非常に風土的色彩の強い町であつた。海抜にしてたかだか千米位の山脈が蜿蜒としてつらなり入り乱れてゐる奥地から、一条の狭いしかし水量の豊富な渓流が曲り曲つたあげく突如として平地に出る。そこで河は始めて空を映して白く広い水面となり、ゆつたりと息づきながら流れるやうに見える。その辺は平地と云つても、直径にして一里足らずの小盆地で、奥地から平凡になだらかに低まつて来た山々は一面の雑木山で、盆地の端に立つと向ふ側の山も殆ど手の届くやうな感じに近く見える。さういふ平地を河は大きくうねつて、玉砂利の磧がたいへん白く広く見える。芝草の生えた高い土堤がつゞいて、土堤の外側は水害を避けるための低地であるが、しかし不断は畑地になつてゐて、その又向ふに土堤よりは一段と高く思ひ思ひの様子で築かれた石垣があり、そこに河原町の家々が裏手の土蔵の塀やあるひは小部屋などを見せてゐるのである。そして、古びてはゐるが大きい材木を使つた此の家々は一様に外面を白壁でかこんでゐる。それは新しくて真白なのもあるが概して風雨にたゝかれたためうす黒い陰影がついて、その適度に古びた白さが、遠くから見る町並の中に点々と浮き上つて、此の河原町を一種親しみ深い快い様子に見せてゐる。又、町の裏手の山腹に一所、ちよつと見は大きい土くづれと思はれるやうな赤土の露出してゐる箇所があつて、その色があまり鮮かなので、白壁の多い町といゝ対照をつくつて、それが又この町を特別美しいものにしてゐる。これは銅山の廃坑であつた。
この廃坑は旧幕時代の末頃まではまだ採掘されてゐて、これあるがために河原町は当時幕府直轄の天領となつてゐた。そして、上流にある城下町の藩主が参勤の途上この河を利用して下る時、天領との間に何か紛争の糸口のつくのを憚つて、河原町の傍を通る間は舟に幕をはり、乗組の者は傍見をして下つたと云ふ。それほどであつたから、この領内の民は他領との縁組を嫌ひ、他領から移り住む者を許さなかつたし、狩猟とか交通とかその他様々な点で非常な横暴と特権とを許されてゐたものだつた。