TRENDIA CLASSIC

電車と風呂

寺田寅彦

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電車の中で試みに同乗の人々の顔を注意して見渡してみると、あまり感じの好い愉快な顔はめったに見当らない。顔色の悪い事や、眼鼻の形状配置といったようなものは別としても、顔全体としての表情が十中八、九までともかくも不愉快なものである。晴れ晴れと春めいた気持の好い表情は、少なくも大人の中にはめったに見付からない。大抵神経過敏な緊張か、さもなくば過度の疲労から来る不感が人々の眼と眉の間や口の周囲に残忍に刻まれている。たまには面白そうに笑っている人があってもその笑いは多くの場合には笑わないよりも一層気持の悪い笑いである。これらの沢山の不愉快な顔が醸す一種の雰囲気は強い伝染性を持っていて、外から乗り込んで来る人の心に、すぐさま暗い影を投げないではおかない、そして多くの人の腹の虫の居所を変えさせようとする傾向がある。

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