十一谷義三郎を語る
本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
十一谷義三郎との大正十年以来の交誼を振り返り、碁や麻雀を嗜む日常や、愛煙家としての素顔、資料収集に熱心な創作姿勢を綴る。書斎に籠り、周囲に胸襟を開かず矜持を保ったその人柄を回想し、経済的な困窮や病気との闘い、そして文学と生活が一致していく作家としての歩みを記す。交流のあった者として、最後まで執筆に精進した姿を見守り、その逝去を悼みつつ、深い感懐と共に在りし日の面影を惜しむ随筆である。
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十一谷君とは大正十年以來の交誼を得ていたが、その間の十一谷君と切り離せないものは、碁、麻雀、煙草、古い反故るい……。
十一谷君が同人雑誌「行路」の一員だった頃、やはりその同人の一人だった三宅幾三郎君と、私はよく碁をうって、遂に十一谷君をも碁道に引入れてしまった。其後十一谷君の進歩著しく、私たちと互先の手合になり、顔を見れば早速碁盤を持出す始末で、十年前、二人とも急な仕事をもって熱海に行った時など、一週間、原稿は一枚も書かずに碁をうってばかりいたことがある。川端康成君、故直木三十五君なども、碁の仲間だったが、十一谷君と最も番数多く碁をうったのは、住所が近かったせいか、恐らく私であろう。十一谷君の碁は堅実、私の碁は大雑把で、棋風は異っていたが、勝負の数は互角だった。先年、十一谷君が逗子に引込む時、また碁をかみながら、「結局勝負なしで、長年一局の碁をうち続けてきたようなものだ。」と笑ったことがあった。
近年、十一谷君は麻雀にもひどくこりだして、碁と同様、そのために夜を徹することも屡々だったらしい。仲間は故令弟活太郎君をはじめ、身辺の若い人たちだった。私も三四度加わってみたが、あの面倒くさい勘定がよく分らず、象牙と竹と張合せの牌の感触を楽しむ域に達せず、ただがちゃがちゃと騒々しく忙しいだけなのに癇癪を起して、「麻雀は娯楽でなく無益な労働だ。」という説を立てて非難したが、十一谷君は抗弁もせずにただ笑っていた。
ふだん、書斎で、十一谷君はしきりに茶をたしなんでいた。それも玉露の香ばしいやつで、夜更しをする時などは、何よりも茶が必要だったらしい。あの禿げあがった額、痩せた体躯、腰をまげ加減な姿勢などを、茶とむすびつけて、私は冗談に「茶老人」と呼んでいたこともあるが、その茶老人、私から皮肉られても、ただにこにこと、静かな微笑を見せるきりだった。