終戦後二年目の八月十五日のことであるが、伊豆の伊東温泉に三浦按針祭というものが行われて、当日に限って伊東市は一切の禁令を解除し、旅館や飲食店はお酒をジャン/\のませてもよいし、スシでもドンブリでも何を売ってもよろしい、という地区司令官の布告がでたという。
戦争以来伊東へ疎開している彫刻家のQから速達がきて、右のような次第で、当温泉は全市をあげて当日を手グスネひいて待ちかまえて、すでに今から活気横溢しているほどだから、当日の壮観が思いやられるではないか。ぜひ来遊したまえ、という招待であった。
終戦二年目の八月といえば、日本カイビャク以来これほど意気消沈していたことは例がない。と云うのは、その年の七月に、料理飲食店禁止令というものがでゝ、一切の飲みもの食べものの営業がバッタリと杜絶した。禁令というものは、かならず抜け道が現れて、裏口繁昌、表口よりもワリがよくて禁令大歓迎というのが乱世の常道だ。アル・カポネや蜂須賀小六大成功の巻となる。これが今日では常識であるが、はじめて禁令をくらった歴史的瞬間というものは、全然の初心者であるから、アレヨ、アレヨと云って途方にくれ、未来のアル・カポネたちも店をたたんで腕を組み天を仰いでいるばかり。真夏の太陽はいたずらにカンカンてりかがやき、津々浦々ゲキとして物音もない寂しい日本となってしまった。
この時に当って、たった一日でも禁令を解除するというから、きいただけで心ウキウキしてしもう。
私が大いなる感動をもって招待に応じたのは、云うまでもないところで、ところが私をむかえた友人は浮かぬ顔。
「アレはデマでね。話がうますぎると思ったよ。こんなことがあればいゝと、みんな同じ夢を見ているんだろうな。誰か一人がヤケッパチに思いつきを言ったのが、全市を風靡したものらしいよ」
温泉町で、酒ものませない、御飯もたべさせない、となると、万事温泉客に依存している町柄であるから、全市死相を呈するのは仕方がない。