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TORENDIA

モンアサクサ

本文約4,600字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

戦争中の浅草を酒の輸血路として通い続けた著者が、自身の体験を交えながら戦後の演劇界の変化を論じる。かつては人情と慣習で成立していた浅草の興行が、観客の嗜好の変化により従来の手法では通用しなくなった現状を指摘する。著者は、舞台上の女優が地で見せる魅力とは対照的に、演技において色気を失っていることを惜しみ、浅草の人々に一流としての矜持を持つことを求める。かつての落伍者的な情緒から脱却し、芸への真摯な追求によって再生を遂げることへの期待を綴る。

坂口安吾

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🎧 モンアサクサ / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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戦争中の浅草は、ともかく、私の輸血路であった。つまり、酒がのめたのである。

「染太郎」というオコノミ焼が根城であったが、今銀座へ越している「さんとも」というフグ料理、これは大井広介のオトクイの家、それから吉原へのして、「菊屋」と「串平」、酔いつぶれて帰れなくなると、吉原へ泊るという、あのころは便利であった。

あのころ「現代文学」の同人会は染太郎でやるのが例で、ともかく、戦禍で浅草が焼ける半年前ぐらいまでは、なんとか酔えた。そのうちに三軒廻って一軒しか酒がなかったり、何軒廻っても一滴もありつけないようなことになり、そのうち、焼けてしまった。串平は一家全滅したそうだ。この店では、久保田万太郎氏や武田麟太郎氏などがよく飲んでいた。

飲むためにはずいぶん通い、終戦後も染太郎が復活したので飲みにでかけることはあったが、もっぱら飲む一方で、そのほかの浅草を殆ど知らないのである。

昭和十九年の新春から、森川信一座が東京旗上げ興行で大阪から上京し、国際劇場へでた。私は彼がドサ廻りのころから好きで、この一座が上京すると、私は酒のほかに浅草の芸人と交渉がはじまるようになったが、然し、芝居を見たということは殆どない。

泥酔のあげく酒をブラ下げて女優部屋へ遊びに行って、クダをまいたりするようなことは時々やらかしたが、ともかく、まア男優部屋へ遊びに行ったタメシがなかった、ということで純粋性を持続しているようなグアイであった。

浅草の女優さん方は、まだ、芸が未熟である。女優部屋ではずいぶん色ッポイのだけれども、舞台へでると、色ッポクない。なかには全然色気がなくなり、棒のような感じのレビュウガールがいる。そのくせ一しょに酒の席にいる時にはずいぶん仇めいており、楽屋の階段をシャンソンなんか唄いながらトントン駈け下りてくるだけでもナマメカシイのが舞台じゃ棒にすぎないのである。

自分が女であることに頼りすぎて、舞台で、女になろうとする心構えがないからだ。女になろうとせず、元々女のつもりで、演技するから、女になろうとするオヤマのような色気がでないのである。

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