本文へ移動
TORENDIA

二流の人

本文約55,700字 ・ 読了時間 約112分

あらすじ(AIが作成しました)

天正十八年の小田原攻めにおいて、徳川家康と黒田如水が対面する。豊臣秀吉から恐れられた策士である如水は、若い頃から主君への忠義や戦略を賭博になぞらえ、数々の難局を切り抜けてきた。本能寺の変での献策や九州での独力平定など、その知略は傑出していた。しかし、天下統一が成る中で、常に己の野心と才覚に懸けてきた如水にとって、秀吉や家康という真の強者との対峙は、自身の時代が終わりを告げる虚無を突きつけられる過程でもあった。

坂口安吾

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 77

第一話 小田原にて

一

天正十八年、真夏のひざかりであつた。小田原は北条征伐の最中で、秀吉二十六万の大軍が箱根足柄の山、相模の平野、海上一面に包囲陣をしいてゐる。その徳川陣屋で、家康と黒田如水が会談した。この二人が顔を合せたのはこの日が始まり。いはゞ豊臣家滅亡の楔が一本打たれたのだが、石垣山で淀君と遊んでゐた秀吉はそんなことゝは知らなかつた。

秀吉が最も怖れた人物は言ふまでもなく家康だ。その貫禄は天下万人の認めるところ、天下万人以上に秀吉自身が認めてゐたが、その次に黒田如水を怖れてゐた。黒田のカサ頭(如水の頭一面に白雲のやうな頑疾があつた)は気が許せぬと秀吉は日頃放言したが、あのチンバ奴(如水は片足も悪かつた)何を企むか油断のならぬ奴だと思つてゐる。

如水はひどく義理堅くて、主に対しては忠、臣節のためには強いて死地に赴くやうなことをやる。カサ頭ビッコになつたのもそのせゐで、彼がまだ小寺政職といふ中国の小豪族の家老のとき、小寺氏は織田と毛利の両雄にはさまれて去就に迷つてゐた。そのとき逸早く信長の天下を見抜いたのが官兵衛(如水)で、小寺家の大勢は毛利に就くことを自然としてゐたが、官兵衛は主人を説いて屈服させる。即座に自らは岐阜に赴き、木下藤吉郎を通して信長に謁見、中国征伐を要請して、小寺家がその先鋒たるべしと買つてでた。このとき官兵衛は二十を越して幾つでもない若さであつたが、一生の浮沈をこの日に賭け、いはゞ有金全部を信長にかけて賭博をはつた。持つて生れた雄弁で、中国の情勢、地理風俗にまでわたつて数万言、信長の大軍に出陣を乞ひ自ら手引して中国に攻め入るなら平定容易であると言つて快弁を弄する。頗る信長の御意にかなつた。

坂口安吾の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本