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私がヒロポンという薬の名をきいたのは六七年前で、東京新聞のY君がきかせてくれたのである。そのときは二日酔いの薬というY君式の伝授で、社の猛者連中が宿酔に用いて霊顕あらたか、という効能がついていた。けれども、当時はそろ/\酒も姿をひそめて、めったに宿酔もできない世の中になりかけていたから、ヒロポンのお世話になる必要もなかった。
それから一二年して、仕事にヒロポンを用いているという二人の男にぶつかった。南川潤と荒正人だ。南川がヒロポンというのは話が分るが、荒正人とヒロポンは取り合せが変だ。ヒロポンが顔負けしそうだけれども、彼は女房、女中に至るまでヒロポンをのませて家庭の能率をあげるという奇妙な文化生活をたのしんでいるのだそうである。
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当時は戦争中で、私は仕事もなく、酒もなしという状態でヒロポンのごやっかいになることも少なかったが、時々は、宿酔に用いたこともあって、私の宿酔とくるとドウモウだから、定量以上ガブガブのみ、ちょうど居合せた長畑医師にいさめられたことがある。そのとき、エフェドリンに似た成分の薬だということを教えられた。
そのうちに空襲となり薬屋にヒロポンの姿もなくなり、本土が戦場になったというような時にヒロポンの必要がありそうだと考えていると、私の兄が軍需会社にいるものだから、その薬なら会社にある、夜業に工員にのませているのだ、といって、持ってきてくれた。ヒロポンが五粒に、胃の薬をまぜて一服になっている。
私の街が焼野原になった夜、焼い弾が落ちはじめたとき、このヒロポンを飲んだ。どうにも睡くて仕方がないからで、戦争中は私は実にねむかった。そのヒロポンのせいだか、私は妙に怖くなかった。頭上で焼い弾がガラ/\やるのを軒の下からながめて、四方の火がだん/\迫ってくるのを変な孤独感で待ちかまえていたのである。
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