薬
本文約6,900字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
結核を患う倅の小栓の平癒を願う華老栓は、迷信を信じ、死刑囚の血を吸わせた「血饅頭」を買い求める。その饅頭を小栓に食べさせるが、病状は好転しない。清朝末期の処刑という野蛮な風習を背景に、無知な庶民の迷信と、それによって無惨に命を奪われる革命志士の対比を描く。やがて訪れる墓参りの場で、二人の母親がそれぞれの子の墓前に立つという皮肉な巡り合わせを通じ、当時の社会の閉塞感と冷酷な現実を鮮明に映し出す。
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一
亮るい月は日の出前に落ちて、寝静まった街の上に藍甕のような空が残った。
華老栓はひょっくり起き上ってマッチを擦り、油じんだ燈盞に火を移した。青白い光は茶館の中の二間に満ちた。
「お父さん、これから行って下さるんだね」
と年寄った女の声がした。そのとき裏の小部屋の中で咳嗽の声がした。
「うむ」
老栓は応えて上衣の釦を嵌めながら手を伸ばし
「お前、あれをお出しな」
華大媽は枕の下をさぐって一包の銀貨を取出し、老栓に手渡すと、老栓はガタガタ顫えて衣套の中に収め、著物の上からそっと撫でおろしてみた。そこで彼は提灯に火を移し、燈盞を吹き消して裏部屋の方へ行った。部屋の中には苦しそうな噴び声が絶えまなく続いていたが、老栓はその響のおさまるのを待って、静かに口をひらいた。
「小栓、お前は起きないでいい。店はお母さんがいい按排にする」
「…………」
老栓は倅が落著いて睡っているものと察し、ようやく安心して門口を出た。
街なかは黒く沈まり返って何一つない。ただ一条の灰白の路がぼんやりと見えて、提灯の光は彼の二つの脚をてらし、左右の膝が前になり後になりして行く。ときどき多くの狗に遇ったが吠えついて来るものもない。天気は室内よりもよほど冷やかで老栓は爽快に感じた。何だか今日は子供の昔に還って、神通を得て人の命の本体を掴みにゆくような気がして、歩いているうちにも馬鹿に気高くなってしまった。行けば行くほど路がハッキリして来た。行けば行くほど空が亮るくなって来た。
老栓はひたすら歩みを続けているうちにたちまち物に驚かされた。そこは一条の丁字街がありありと眼前に横たわっていたのだ。彼はちょっとあと戻りしてある店の軒下に入った。閉め切ってある門に靠れて立っていると、身体が少しひやりとした。
「ふん、親爺」
「元気だね……」