本文へ移動
TORENDIA

神サマを生んだ人々

本文約13,000字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

温泉地で宿探しに困窮した大巻博士は、かつての知人である安福軒の紹介で、閑静な一軒家に泊まる。そこで大巻は、安福軒が差し向けた美しい未亡人と一夜を過ごすことになる。一年後、安福軒はその女を伴い大巻の病院を訪れ、彼女に精神の変調を訴える。女は新興宗教の教祖として崇められており、その商才を教団の幹部となった安福軒が利用していた。宗教という非日常の熱狂を冷徹に見つめ、商売として割り切る安福軒の姿を通して、人間の弱さと逞しさを描く。

坂口安吾

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 16

二号の客引き

大巻博士が途方にくれながら温泉都市の海岸通りを歩いていると、ポンと背中をたたいた者がある。

「大巻先生じゃありませんか」

振向いてみると、五十がらみの宗匠然とした渋いミナリの人物。見たような顔だ。

「どなたでしたかな?」

「芝の安福軒ですよ。それ、戦前まで先生の三軒向う隣りの万国料理安福軒。思いだしたでしょう。終戦後はこの温泉場でその名も同じ安福軒をやっております」

「すると、君はこの温泉の住人ですか」

「そうですとも。当温泉の新名物、万国料理安福軒」

「ありがたい!」

大巻先生が感きわまって叫んだから、安福軒は呆れ顔、まさかこの先生二三日食う物も食わずにいるわけではあるまいがと考えた。

「当温泉はアベックの好適地、また心中の名所ですが、まさか先生、生き残りの片割れではありますまいな」

「ヤ。そう見えるのも無理がない。実は当温泉居住の文士川野水太郎君を訪ねてきたのだが、あいにく同君夫妻は旅行中。このまま帰るのも残念だから久々に一夜温泉につかってノンビリしようと志したところが、今日は土曜日で全市に空室が一ツもないという返事じゃないか」

「なるほど。わかりました。では御案内いたしましょう」

「キミ、ホントですか。まさかパンパン宿ではあるまいね」

「とんでもない。全市にこれ一軒という飛び切りの静寂境です。そこを独占なさることができます。お値段は普通旅館なみ。マ、ボクにまかせなさい」

こう云って安福軒が案内したところは山の中腹の崖下の小さな家であった。

「ネ。閑静でしょう」

四隣大別荘にかこまれた一軒家、深山のように閑静には相違ないが、目当の家は炭焼小屋に毛の生えたような小さな家。

「これ、旅館ですか」

「ちかごろはシモタ家がそれぞれ旅館をやっております。わざと看板は出しませんが、この方が親切テイネイで、気分満点ですよ」

玄関を一足はいると屋内の全貌が一目でわかる。座敷らしいのは一間しかない。あとは茶の間と女中部屋。これを独占できなければ、他に泊る部屋がありやしない。感心に小さいながらも温泉はついていた。安福軒はそこへ大巻博士を案内して、

坂口安吾の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本