人生における離合について
本文約7,400字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
人生における人間同士の出会いと別れを考察し、離合がもたらす悲哀や運命の意味を綴る。対人関係に深い情愛を注ぐ日本的性格において、避けることのできない離別の悲劇と、それを乗り越えて人間が内面的な成長を遂げる過程を論じる。一生を通じて結ばれる「有終の美」を尊びつつも、時として芸術的な別離を選択する強靭な意志の必要性も説き、離別ののちに再び霊魂が相まみえる可能性に希望を見出す。
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天の原かかれる月の輪にこめて別れし人を嘆きもぞする
私たちがこの人生に生きていろいろな人々に触れあうとき、ある人々はその感情の質が大変深くてかつ潤うているのに出会うものである。そして経験によるとこの種の人々はその人生行路において切実な「別離」というものを味わった人々であることが多い。深い傷ましい「わかれ」は人間の心を沈潜させ敬虔にさせ、しみじみとさせずにはおかない。私は必ずしも感傷的にとはいわない。何故なら深い別れというものは涙を噛みしめ、この生のやむなき事実に忍従したもので、そこには知性も意志も働いた上のことだからである。
人間が合いまた離れるということは人生行路における運命である。そしてこれは心に沁みる切実なことである。世の中には対人関係、人と人との触れ合いについてかなり淡白な関心しか持っていない人々もあるが、しかし人間の精神生活というものはその大部分、特に深い部分を対人関係に持っているといわねばならぬ。対人関係に気のない人は人生に気のない人である。生きることに熱心な者は強く人を愛し濃く人に求め深く人をたのみさえして生きないわけにゆかないのである。そこに人間の最も人間らしい悩みの中心課題があり、そこからまた従って英知とか諦めとか悟りとかいうものが育ってくるのである。人生の離合によって鍛えられない霊魂の遍歴というものは恐らくないであろう。