学生と先哲
本文約19,300字 ・ 読了時間 約39分
あらすじ(AIが作成しました)
太平洋に面した外房州で育ち、日蓮宗を開いた日蓮の生涯と宗教的性格を論じる。本書は、予言者として時代の矛盾と対峙し、法の建て直しと祖国の繁栄を自身の使命とした高僧の姿を、今日に生きる青年たちへの示唆として描く。幼少期からの学問への志や、社会の理不尽に対する疑団、そして迫害に屈せず理想の国家を追い求めた激動の足跡を通じ、現代における民族国家主義の意義と、文化指導者のあるべき姿勢を説く。
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一 予言者のふたつの資格
日蓮を理解するには予言者としての視角を離れてはならない。キリストがそうであったように、ルーテルがそうであったように、またニイチェがそうであったように、彼は時代の予言者であった。普通の高僧のように彼を見るのみでは、彼のユニイクな宗教的性格は釈かれない。予言者とは法を身に体現した自覚をもって、時代に向かって権威を帯びて呼びかけ、価値の変革を要求する者である。予言者には宇宙の真理とひとつになったという宗教的霊覚がなければならぬのは勿論であるが、さらに特に己れの生きている時代相への痛切な関心と、鋭邁な批判と、燃ゆるが如き本能的な熱愛とをもっていなければならない。普通妥当の真理への忠実公正というだけでなく、同時代への愛、――実にそのためにニイチェのいわゆる没落を辞さないところの、共存同胞のための自己犠牲を余儀なくせしめらるる「熱き腸」を持たねばならない。彼は永遠の真理よりの命令的要素のうながしと、この同時代への本能愛の催しのために、常に衝き動かさるるが如くに、叫び、宣し、闘いつつ生きねばならなくなるのだ。倉皇として奔命し、迫害の中に、飢えと孤独を忍び、しかも真理のとげ難き嘆きと、共存同悲の愍みの愛のために哭きつつ一生を生きるのである。「日蓮は涙流さぬ日はなし」と彼はいった。