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TORENDIA

我が人生観

本文約5,800字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

新聞小説という俗悪な企業を通じ、自身の人生観や芸術のあり方を綴る。執筆の苦労や読者の反応を冷静に見つめつつ、芸術は自然や高雅なものから遊離した日常の妄執や助平根性と共にあると論じる。自身を「ミイラ」になぞらえ、現世への執着と人間の欲望を認めながら、いかに芸術が俗悪な土壌から生まれるかを説く。娯楽や大衆への批判的な視点を交え、泥臭い現実を肯定する姿勢を示すことで、文学における独自の立場を鮮明にする一編である。

坂口安吾

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🎧 我が人生観 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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新聞小説は新聞以外では私の小説を読むはずのない人が読者の大部分であるから、神経がつかれて書きたくない。しかし、アベコベに、同じ理由で、書いてみたいという劇しい意慾もうごくのである。

私は前に東京新聞に「花妖」を連載して失敗した。読者にウケがわるいと営業の方から文句がでて、途中でやめてくれと云ってきた。これを朝日新聞のSという前学芸部長の話によると、坂口はなんとかまとめたがったのだが、あんまりウケがわるいので、新聞の方で、途中でシリキレトンボにちょん切ってしまった、と見ていたようなことを方々に書いたり喋ったりしている。実際はこうではなくて、東京新聞からは、あと二十回ぐらいで一応まとまりをつけて終らしてくれないか、という話であったから、私は答えて、

「そう巧いぐあいにいかない。あと七十回もかかるのを二十回でまとめると変テコな小説になってしまう。読者のウケがわるいたって、小説として愚作だとは作者は思っていない。しかし、あと二十回でまとめると、小説としても愚作になってしまう。だから、やめるんだったら、今日、これぎりで、やめます」

と、その日でチョン切った。

その代り、あと二十回でまとめると変テコな出来になるから、今チョン切る不親切をかんべんしてくれ、という意味の事情を明記しておいてくれ。承知したと池田太郎は答えたが、実行しなかった。私も腹が立ったが、最後まで私のために苦労してくれた四人の文化部員が、そのためにクビになったり、窮地に立っては気の毒だと思って、黙っていたのである。朝日新聞のS先生が見ていたようなことを、あッちこッちで書いているのが何より阿呆らしかったが、ま、新聞小説として大失敗であったことに変りはないから、これも因果と默っていた。

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