TRENDIA CLASSIC
烏瓜の花と蛾
寺田寅彦
1 / 12
今年は庭の烏瓜がずいぶん勢いよく繁殖した。中庭の四ツ目垣の薔薇にからみ、それから更に蔓を延ばして手近なさんごの樹を侵略し、いつの間にかとうとう樹冠の全部を占領した。それでも飽き足らずに今度は垣の反対側の楓樹までも触手をのばしてわたりを付けた。そうしてその蔓の端は茂った楓の大小の枝の間から糸のように長く垂れさがって、もう少しでその下の紅蜀葵の頭に届きそうである。この驚くべき征服慾は直径わずかに二、三ミリメートルくらいの細い茎を通じてどこまでもと空中に流れ出すのである。
毎日夥しい花が咲いては落ちる。この花は昼間はみんな莟んでいる。それが小さな、可愛らしい、夏夜の妖精の握り拳とでも云った恰好をしている。夕方太陽が没してもまだ空のあかりが強い間はこの拳は堅くしっかりと握りしめられているが、ちょっと眼を放していてやや薄暗くなりかけた頃に見ると、もうすべての花は一遍に開き切っているのである。スウィッチを入れると数十の電燈が一度に灯ると同じように、この植物のどこかに不思議なスウィッチがあって、それが光の加減で自働的に作用して一度に花を開かせるのではないかと思われるようである。ある日の暮方、時計を手にして花の咲くのを待っていた。縁側で新聞が読めるか読めないかというくらいの明るさの時刻が開花時で、開き始めから開き終りまでの時間の長さは五分と十分の間にある。つまり、十分前には一つも開いていなかったのが十分後にはことごとく満開しているのである。実に驚くべき現象である。
寺田寅彦の他の作品
TRENDIA CLASSIC
車
寺田寅彦
車
寺田寅彦 ・ 約3分
TRENDIA CLASSIC
高知がえり
寺田寅彦
高知がえり
寺田寅彦 ・ 約8分
TRENDIA CLASSIC
相撲と力学
寺田寅彦
相撲と力学
寺田寅彦 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
根岸庵を訪う記
寺田寅彦
根岸庵を訪う記
寺田寅彦 ・ 約12分
TRENDIA CLASSIC
アインシュタイ
ン
寺田寅彦
アインシュタイン
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
アインシュタイ
ンの教育観
寺田寅彦
アインシュタインの教育観
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
赤
寺田寅彦
赤
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
秋の歌
寺田寅彦
秋の歌
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
浅草紙
寺田寅彦
浅草紙
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
天河と星の数
寺田寅彦
天河と星の数
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
浅間山麓より
寺田寅彦
浅間山麓より
寺田寅彦
TRENDIA CLASSIC
嵐
寺田寅彦
嵐
寺田寅彦