TRENDIA CLASSIC

マルコポロから

寺田寅彦

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マルコポロの名は二十年前に中学校の歴史で教わって以来の馴染ではあったが、その名高い「紀行」を自分で読んだのはつい近頃の事である。読んでみるとやはり面白い。尤も書いてある記事のあまり当てにならないという証拠は自分の狭い知識の範囲内からでも容易に列挙されるくらいであるが、事実という事は別問題として、単に昔の人の頭に描かれた観念として見るだけでも色々の意味で面白い事が沢山にある。

始めのうちはただ読みっ放しにしていたが、あまり面白いから途中からは時々手帳へ覚え書きに書き止めておいた。その備忘録の中から少しばかりの閑談の種を拾い出してここに紹介してみようと思う。以下に挙げてある頁数は、エヴェリーマンス・ライブラリーの中のこの書物の頁数である。

二四八頁にこんな話がある。

カラザンという土地には奇妙な風習があった。異郷から来た旅人が宿泊した時に、その人が風采も立派で勇気があって優れた人物だと思うと、夜中に不意を襲って暗殺してしまう。暗殺の目的は金や持物ではなくて、その旅人の有っている技能や智慧や勇気が魂魄と一緒に永久にその家に止まって、そのおかげでその家が栄えるようにという希望からだという事である。

これはずいぶん思い切って虫の好過ぎる話である。

しかしよく考えてみると今の世でも多少これに似た事実がないでもない。例えば有為の青年を金や権勢や義理合やでとって抑えて本人のあまり気のすすまぬ金持の養子にしたり、あるいはあまり適当でない地位に縛り付けたりする事があるとすれば、これはいくらかカラザン人の遣り口に共通なところがありはしまいか。

この悪習は忽必烈が厳禁してやっと止まったとある。

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