TRENDIA CLASSIC

政治に関する随想

伊丹万作

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私は生れてからこのかた、まだ一度も国民として選挙権を行使したことがない。

私はそれを自慢するのではない。むしろ一つの怠慢だと思つている。しかし、ここに私が怠慢というのは、私が国民としての義務を怠つたという理由からではなく、たんに芸術家として、与えられた観察の機会をむだにしたという理由からである。すなわち、いまだかつて投票場に近寄つたこともない私は、投票場というものがどんな様子のものかまつたく知らない。したがつて作家としての私は投票場のシーンを描写する能力がなく演出家としての私は投票場のシーンを演出する能力がない。そして、それは明らかに私の怠慢からきている。このような意味においては私は自己を責める義務があるが、その他の意味においては少しも自己を責める義務を感じたことがないし、今でも感じていない。

「選挙は国民の義務である」ということは、従来の独裁政治、脅迫政治のもとにおいてさえ口癖のようにいわれてきたが、そのような政治のもとにそのような言葉が臆面もなく述べられていたということほど、国民を侮辱した話はない。

選挙が国民の義務であるためには、その選挙の結果が多少でも政治の動向に影響力を持ち、ひいては国民の福祉に関連するという事実がなくてはならぬ。そんな事実がどこにあつたか。

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