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TORENDIA

牛

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

天保三年の正月、江戸の初荷を運ぶ牛が火事の喧騒に驚き、市中で暴れだす。人通りや往来の混乱の中、芸者小雛は牛に追われ川へ転落するが、運よく助かる。四年の後、罪を犯し追われる身となった小雛は、逃走中に橋の上でかつての牛の幻影に遭遇し、立ちはだかられる。足止めを食らった彼女は、ついに追手に捕まることとなる。過去の災難が引き起こした幻覚か、あるいは因縁かを描く。

岡本綺堂

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🎧 牛 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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上

「来年は丑だそうですが、何か牛に因んだようなお話はありませんか。」と、青年は訊く。

「なに、丑年……。君たちなんぞも干支をいうのか。こうなるとどっちが若いか判らなくなるが、まあいい。干支にちなんだ丑ならば、絵はがき屋の店を捜してあるいた方が早手廻しだと言いたいところだが、折角のおたずねだから何か話しましょう。」

と、老人は答える。

「そこで、相成るべくは新年にちなんだようなものを願いたいので……。」

「いろいろの注文を出すね。いや、ある、ある。牛と新年と芸妓と……。こういう三題話のような一件があるが、それじゃあどうだな。」

「結構です。聴かせてください。」

「どうで私の話だから昔のことだよ。そのつもりで聴いて貰わなけりゃあならないが……。江戸時代の天保三年、これは丑年じゃあない辰年で、例の鼠小僧次郎吉が召捕りになった年だが、その正月二日の朝の出来事だ。」

と、老人は話し出した。

「今でも名残をとどめているが、むかしは正月二日の初荷、これが頗る盛んなもので、確かに江戸の初春らしい姿を見せていた。そこで、話は二日の朝の五つ半に近いころだというから、まず午前九時ごろだろう。日本橋大伝馬町二丁目の川口屋という酒屋の店さきへ初荷が来た。一丁目から二丁目へかけては木綿問屋の多いところで俗に木綿店というくらいだが、この川口屋は酒屋で、店もふるい。殊に商売であるから、取分けて景気がいい。朝からみんな赤い顔をして陽気に騒ぎ立てている。

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