秋の修善寺
本文約5,100字 ・ 読了時間 約11分
あらすじ(AIが作成しました)
秋の修善寺温泉に滞在する著者は、湯に浸かりながら周囲を散策し、源頼家や範頼の墓を訪ねる。歴史の残影に思いを馳せつつ、土地の人々の情や折々の風景を綴る。東京から離れた山間の地で、秋の深まりとともに繰り返される日々の情景や、宿の主人との交流、歴史的悲劇の地を歩く情緒を描く記録である。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
九月の末におくれ馳せの暑中休暇を得て、伊豆の修善寺温泉に浴し、養気館の新井方にとどまる。所作為のないままに、毎日こんなことを書く。
二十六日。きのうは雨にふり暮らされて、宵から早く寝床に這入ったせいか、今朝は五時というのにもう眼が醒めた。よんどころなく煙草をくゆらしながら、襖にかいた墨絵の雁と相対すること約半時間。おちこちに鶏が勇ましく啼いて、庭の流れに家鴨も啼いている。水の音はひびくが雨の音はきこえない。
六時、入浴。その途中に裏二階から見おろすと、台所口とも思われる流れの末に長さ一間ほどの蓮根を浸してあるのが眼についた。湯は菖蒲の湯で、伝説にいう源三位頼政の室菖蒲の前は豆州長岡に生れたので、頼政滅亡の後、かれは故郷に帰って河内村の禅長寺に身をよせていた。そのあいだに折々ここへ来て入浴したので、遂にその湯もあやめの名を呼ばれる事になったのであると。もし果してそうならば、猪早太ほどにもない雑兵葉武者のわれわれ風情が、遠慮なしに頭からざぶざぶ浴びるなどは、遠つ昔の上臈の手前、いささか恐れ多き次第だとも思った。おいおいに朝湯の客が這入って来て、「好い天気になって結構です」と口々にいう。なにさま外は晴れて水は澄んでいる。硝子戸越しに水中の魚の遊ぶのが鮮かにみえた。
朝飯をすました後、例の範頼の墓に参詣した。墓は宿から西北へ五、六町、小山というところにある。稲田や芋畑のあいだを縫いながら、雨後のぬかるみを右へ幾曲りして登ってゆくと、その間には紅い彼岸花がおびただしく咲いていた。墓は思うにもまして哀れなものであった。片手でも押し倒せそうな小さい仮家で、柊や柘植などの下枝に掩われながら、南向きに寂しく立っていた。秋の虫は墓にのぼって頻りに鳴いていた。
この時、この場合、何人も恍として鎌倉時代の人となるであろう。これを雨月物語式に綴れば、範頼の亡霊がここへ現れて、「汝、見よ。源氏の運も久しからじ」などと、恐ろしい呪いの声を放つところであろう。思いなしか、晴れた朝がまた陰って来た。