死んでいた狒狒
本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
明治二十年、日向の山奥で森林伐採に従事する木客たちは、夜の山から響く忌まわしい呼び声に悩まされる。返事をすると山の怪異に引き込まれると恐れられる中、一人の男が誘われるように外へ出て応答を始める。男が正気を失いかける中、仲間たちは交替で声に応じ続け、夜通しの応酬を展開する。山の怪異との声の掛け合いという極限の状況に追い込まれた木客たちの緊張と、その先に待つ光景を描く。
💰 この本を応援する(投げ銭)
昔から山には魑魅、水には魍魎がおると云われているが、明治二十年比の事であった。日向の山奥で森林を伐採した事があって、附近の者は元より他国からも木客が集まって来たが、その木客だちは、昼は鬱蒼たる森林の中ではたらき、夜は麓に近い山小屋へ帰って来た。
それは夏の夜の事であった。木客たちは夕飯の後で、例によって露骨な男女の話をしていると、谷を距てた前方の山から、
「おうウイ」
と云う声が聞えて来た。それは何人かが此方へ向って呼びかけている声であった。ところで木客だちは、そのおうウイの声を酷く忌み嫌っているので、何人もそれに応ずる者はなかった。と云うのは、その声は山の怪異の呼びかける声で、万一それに応じでもすると、一晩中応答しなくてはならぬが、そんなに長く声の続くものでない。それで声が続かなくなるような事でもあると、得態の知れない毒素に当って血を吐いて死ぬると云われていた。木客たちは顔を見合わして黙っていたが、前方の声は後から後からと聞えて来た。ところで、前方の声は魅力のある人を惹きつける声で、うっかりしていると引きこまれて返事をしたくなるのであった。
広島県の者だと云う壮い木客の一人が、その時ふらふらと起って外へ出て往った。一座の者は便所にでも往ったろうと思っていると、小舎の外の崖の方から、
「おうウイ」
と云う壮い木客の声が聞えて来た。すると前方の声はそれに纏りつくように、
「おうウイ」
と応じて来た。と、又壮い木客の声がそれに応じた。
「おうウイ」
「おうウイ」
「おうウイ」
「おうウイ」
壮い木客の声と前方の声は交互に聞えだしたが、その声はしだいしだいに熱を帯びて来た。小舎の中の者はじっとしていられなくなった。
「こりゃ、いかん」
「此のままにしておかれない」
「負けたら、大変だ」
「山の者を皆呼んで来い」
小舎の中の者は蜘蛛の子を散らすように外へ出た。そして、壮い木客の傍へ往く者もあれば、近くの小舎から小舎へ同儕を呼びに往く者もあった。その時壮い木客は、月の光を浴びて狂人のようになって呼び続けていた。
「おい、おい、休め、休め、俺が代ってやる」