ふるさとに寄する讃歌
本文約6,100字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
長い求愛と疲れに苦しむ青年が、埃まみれの思い出の中に残る少女の面影を追い、故郷の港町へ帰郷する。かつての生家は既になく、街は以前の面影を失っていた。青年は街を彷徨い、幻のような彼女の姿を探し求めるが、そこにあるのは現実の生活と自身の無力感ばかりであった。姉との嘘にまみれた会話や虚無的な日々の中で、青年は自己の生きる場所が東京にあることを確信し、再び故郷を離れる決意をして列車に乗り込む。
💰 この本を応援する(投げ銭)
私は蒼空を見た。蒼空は私に泌みた。私は瑠璃色の波に噎ぶ。私は蒼空の中を泳いだ。そして私は、もはや透明な波でしかなかった。私は磯の音を脊髄にきいた。単調なリズムは、其処から、鈍い蠕動を空へ撒いた。
私は窶れていた。夏の太陽は狂暴な奔流で鋭く私を刺し貫いた。その度に私の身体は、だらしなく砂の中へ舞い落ちる靄のようであった。私は、私の持つ抵抗力を、もはや意識することがなかった。そして私は、強烈な熱である光の奔流を、私の胎内に、それが私の肉であるように感じていた。
白い燈台があった。三角のシャッポを被っていた。ピカピカの海へ白日の夢を流していた。古い思い出の匂がした。佐渡通いの船が一塊の煙を空へ落した。海岸には高い砂丘がつづいていた。冬にシベリヤの風を防ぐために、砂丘の腹は茱萸藪だった。日盛りに、螽が酔いどれていた。頂上から町の方へは、蝉の鳴き泌む松林が頭をゆすぶって流れた。私は茱萸藪の中に佇んでいた。
その頃、私は、恰度砂丘の望楼に似ていた。四方に展かれた望楼の窓から、風景が――色彩が、匂が、音が、流れてきた。私は疲れていた。私の中に私がなかった。私はものを考えなかった。風景が窓を流れすぎるとき、それらの風景が私自身であった。望楼の窓から、私は私を運んだ。私の中に季節が育った。私は一切を風景に換算していた。そして、私が私自身を考えた時、私も亦、窓を流れた一つの風景にすぎなかった。古く遠い匂がした。しきりに母を呼ぶ声がした。