あたまでっかち
本文約17,600字 ・ 読了時間 約36分
あらすじ(AIが作成しました)
霞ガ浦のほとりの村に住む十一歳の林太郎は、身体に対して頭が大きいことから「ごろっこ」とあだ名され、周囲から揶揄されることに劣等感を抱いていた。貧しく陰鬱な家庭環境と、気性の荒い父への恐怖に苦しむ少年は、ある日、可愛がっていた子犬のしろ公と共に家を飛び出し、夜の闇に迷い込む。息子を必死に捜索し続けた父は、しろ公の導きによって湖畔に倒れていた林太郎を見つけ出し、わだかまりを越えて家族の絆を取り戻そうとする。
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一
霞ガ浦といえば、みなさんはごぞんじでしょうね。茨城県の南の方にある、周囲百四十四キロほどの湖で、日本第二の広さをもったものであります。
日本第一の近江のびわ湖は、そのぐるりがほとんど山ですが、霞ガ浦は関東平野のまんなかにあるので、山らしい山は、七、八里はなれた北の方に筑波山が紫の色を見せているだけで、あとはどこを見まわしても、なだらかな丘がほんのり、うす紫に見えているばかりであります。
ですから、この湖の景色は、平凡といえば平凡ですが、びわ湖のように、夏、ぐるりの山の上に夕立雲がわいたり、冬、銀色の雪が光ったりすると、少しすごいような景色になるのとはちがって、春夏秋冬、いつもおだやかな感じにつつまれています。びわ湖を、厳格なおとうさんとすれば、霞ガ浦は、やさしいおかあさんのようだともいえるでしょう。この湖の周囲には、土浦、石岡、潮来、江戸崎などという町々のほかに、たくさんの百姓村が、一里おき二里おきにならんでいます。大むかし、人間は波のおだやかな海岸とか、川の岸とか、湖のまわりなどに一番さきすんだものですから、このおかあさんのようなやさしい霞ガ浦のまわりには、もちろんずっと大むかしから人がすんでいたのです。いまでも、方々から貝塚がほりだされたり、矢の根石やいろんな石器が発見されたりするのでも、それがわかります。
それで、百姓村でもずいぶんふるい歴史をもった村があり、何十代つづいたかわからないような百姓家が、方々に残っているわけです。
林太郎の村も、このふるい歴史をもった村のひとつでした。湖の南の岸の丘の上にあって、戸数は五十戸ばかりでした。また林太郎の家も何十代つづいたかわからないという旧家で、村の一番北のはずれに、霞ガ浦を見下して、大きなわら屋根をかぶっていました。