TRENDIA CLASSIC

霓博士の廃頽

坂口安吾

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星のキラキラとした夜更けのことで、大通りの睡り耽つたプラタナの陰には最早すつかり濡れてしまつた街燈が、硝子の箱にタラタラと綺麗な滴を流してゐたが、――シルクハットを阿弥陀に被り僕の腕に縋り乍らフラフラと千鳥足で泳いでゐた霓博士は、突然物凄い顔をして僕を邪慳に突き飛ばした。

「お前はもう帰れ!」

「しかし、だつて、先生はうまく歩けないぢやありませんか――」

「帰らんと、落第させるぞ!」

「それあ、ひどい!」

「こいつ――」

霓博士はいきなりグヮン! と僕の膝小僧を蹴飛ばした。その途端に、僕よりも博士の方がデングリ返つて逆立ちを打ちシルクハットを甃の上へ叩き落してしまつたが、四つん這ひに手をついて其れを拾ふ瞬間にも股の陰から僕の隙を鋭くヂイッと窺ひ、ヤッ! と帽子を頭へ載せて立ち上る途端に僕の脛をも一度ドカン! と蹴つ飛ばした。「ワア痛い!」「ウー、いい気味ぢやアよ!」と言ひ捨てて、博士は暗闇の奥底へ蹌踉とした影法師を蹣跚かせ乍らだんだん消えて行つてしまつた。そこで僕も息を殺し、プラタナの深い繁みが落してゐる暗闇ばかり縫ふやうにして博士の跡をつけはぢめた……が、博士はものの一町も歩かぬうちに、お屋敷街の静かな通りへ曲つてゆく四つ角の処で急にヒラリと身を隠し、塀の陰からソッと首だけ突き延して疑り深く振り返つたが、忽ち僕を発見して――手当り次第に石を拾ふと僕をめがけて盲滅法に発射した。

「WAWAWAAAH! 実に憎むべき悪魔ぢやアよ……」

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