TRENDIA CLASSIC

坂口安吾

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凡そ世に同じ人間は有り得ないゆえ、平凡な人間でもその種差に観点を置いて眺める時は、往々、自分は異常な人格を具へた麒麟児であると思ひ込んだりするものである。殊に異常を偏重しがちな芸術の領域では、多少の趣味多少の魅力に眩惑されてウカウカと深入りするうちに、遂には性格上の種差を過信して、自分は一個の鬼才であると牢固たる診断を下してしまふことが多い。夢は覚めない方が(勿論――)いい。分別は、いやらしいものである。軈て自分の才能や感覚に判然した見極めがついて何の特異さも認め難い時がくるとこれくらゐ興ざめた、落莫とした人生も類ひ稀なやうである。一つぺんに周囲の気配が青ざめて、舌触りまで砂を噛むやうにザラッぽいものだ。今さら何をする気分もないのでひたすらにボンヤリしてゐると、ただ重く、ただ暗闇が詰まつてゐて、溜息の洩らしやうもないのである。いつもながら、気を失つてしまふやうな心持がしてゐる。ところで、私の場合なぞは、丁度このやうなものであつた。

私は音楽家を志望して――私は、少年時代から何といふこともなく音楽に興を覚え、オロンを弾き鳴らすことに多少の嗜みを持つやうになつてゐたが、中学を卒へる頃からピアノにより高いものを感ずるやうになり、そのまま全く反省するところなく或る私立の音楽学校へ入学したわけであるが、指先に熟練を要するピアノには已に晩い年齢であり、当然さらに心を変へて作曲を志望するやうになつた。そして、兎も角学校を卒業して――(もはや二年半)、無為な毎日をただ送るうちに、殆んど辷るやうにして、たわいもなく斯様な憂鬱に潰されてしまつた。全く、興ざめた! 興ざめたといふ感じである。手の施しやうもないのだ。ただ、日毎に身の周囲が白つぽく色あせて、漂白された腥い視野が、日と共に広々と遠く延びて行くやうである。茫漠として――泌みつくやうな、どうも、遣り切れない虚しさである。

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