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TORENDIA

宿命の CANDIDE

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

仏蘭西語を共に学んだ少年時代の記憶を持つ著者が、詩人・菱山修三の精神と生き方を綴る。かつてヴァレリイにその全てを賭けて熱狂した菱山は、現実を虚無と死へ還元し、自らの宿命を彫り刻む独特の詩法を確立する。著者は、傷つきながらも自身の道を歩む友の苛烈な魂と、その詩が持つ絶対的な力に触れ、彼が歩む精神史の頂点を見つめる。本書は、友としての敬意を込めて、詩人が到達した生と芸術の深淵を叙述する。

坂口安吾

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🎧 宿命の CANDIDE / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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六七年前、菱山と机を並べて仏蘭西語を学んでゐた頃、彼は強度の神経衰弱のやうであつた。眼は濁り、鋭かつた。身体はいつもふらついてゐた。終日読み耽り、考へ耽り、書き疲れて、街頭へ出たものらしい。友達の顔さへ見れば暴風の激しさで語り、その全身の動きと共に論じだしたが、私達に殆んど一語を挿む時間さへ与へなかつた。話の大部はヴァレリイに初まり、ヴァレリイに終つた。

読書は愛好者としてでなければ、学研的なそれであることが多い。稀に血と肉を賭けて読む場合もあるが、菱山修三のヴァレリイに至つては、ひと頃の彼の歴史と、生活と、それに感覚も生命も、その全てを賭け、彼自身ヴァレリイの中に発育した。彼はその宿命さへ賭けてゐたかに見えてゐた。

それは、純一無垢、多感極まりない少年にのみ許された唯一の至高な場合であつて、あの頃、菱山はその至高な少年であつた。

我々は結局二人の少年であり得ない。そして私は、私も嘗て一人の少年であつたが、菱山のやうな無類の激しさで一先人に血と肉を、その宿命を賭けるほどの、生死を通した読書の機会は遂ひに持たずに少年を終つた。私は今も落莫として己れの影を見失ひ、我れを見凝める厳粛な純情を暗闇の幕の彼方へ彷徨はせてゐる。

菱山はヴァレリイを見凝めることに於て自らを見凝め、読書が、同時に、激しい創造への其の同じ力となるのであつた。それ故、菱山はヴァレリイの中に育ちながら、遂ひにヴァレリイの亡霊となることはなかつた。彼は自らの血肉の道を歩きつづけ、血肉の詩を綴つてゐた。世に稀な天賦によらなければ、このことは出来ない。

至高な少年は、その独特の方法で、その独特の生き方で、彼なりに今成人した。彼の近頃の詩は私を打つこと甚しい。

我々の精神史の中では、絶対の拒否の中にも宇宙が育ち、現実を、生を、虚無と死へ還元したときに、生の最頂点を一線にひた走る自我の歴史が初まる。宿命の宇宙が初まる。菱山は此の宿命の宇宙に住み、濾過されてきた実体を、観念を、そして自らの宿命を彫り刻み、綴り合はしてゐる。

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