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TORENDIA

作者の言葉〔『火 第一部』〕

本文約820字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

戦争のさなかに人間の本性が最も露骨に表れると考えた筆者が、自身の目で極限状態の人間を見つめようと試みる過程を綴る。スタンダールに代表される戦争文学への対抗意識から、自らの存命中に戦争を経験することを長年切望してきた。本作は、その悲願が達成され、戦禍を目の当たりにした体験を基に構想された長編小説である。登場人物や戦時下の政治情勢を一切架空のものとし、自身が到達しうる人間の限界を描き出そうとする作家の姿勢を示す。

坂口安吾

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🎧 作者の言葉〔『火 第一部』〕 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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日本に戦争があってくれれば――私は二十年前から、そう考えていた。小説家としての私は、私の存命中に戦争に遭遇したいということを、半ば漠然と、しかし、半ば明確に、希望していたことは否定できない。

スタンダールなどを読むたびに、私だったら、戦争をこんな風に書きはしないだろうと考え、なんとかして存命中に戦争にお目にかかりたいと思ったのだ。

人間は平和を愛す動物でもあるが、葛藤のさけがたい動物でもある。人間の本性は葛藤の場にあらわれ、平和はそのあとの結論として出てくるにすぎないものだ。

個人同志の争いよりも、戦争は、人間の本性をもっと露骨にさらけだす。外交の謀略にくらべれば、個人同志の謀略などは問題にならない。個人は法律や義理人情や、いろいろのキヅナによって本性の露出に束縛を加えられているが、国家のうける束縛は軽微で、勝者は万能でもあり、国家の名に於てなされる陰謀は、個人の陰謀よりも人間色が濃厚なのである。

私は人間を書きたいのだ。私のあとう限りの能力によって。そのために、戦争が見たかった。他人の録した戦争ではなく、私自身の目で戦争を見て、私自身の知りうる人間の限界まで究めたかった。

私は、過去に戦争に遭遇した多くの文人たちを、羨みもし、私自身がそうでないことによって、敵意をいだいてもいたのである。

私の念願は達せられた。私は戦禍の中を逃げまどいもし、私の目で見うる限りの戦争を見つめつづけることができた。

この結論として書きだしたのが、この小説であり、いわば二十年来の念願であり、狙いでもあった。

この小説はたぶん五章にわかれ、作中の時代は、終戦後までつづく筈である。

半年か一年に一章ずつ、まア三年ぐらいのうちに、書き終るつもりである。作中の人物は一切架空であり、戦時内閣の総理大臣は、東条でも近衛でもない。戦争に至る道程、謀略も内乱も一切架空で、私自身が到達しうる人間の限界を示しているにすぎないだろう。

一九五〇年四月八日 伊東にて、 作者

完

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