TRENDIA CLASSIC

金談にからまる詩的要素の神秘性に就て

坂口安吾

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一の巻

椋原孔明とよぶ尊厳な弁護士があつた。とある屋根裏に棲んでゐたといふのであるが、東京には欧羅巴の安宿なみの屋根裏なんぞ見当らないといきりたつ性質のよろしくない読者のためには、BON! それでは地下室に棲んでゐたと言ひかへてみても一向私の差支えはないのであつて、要するに尊厳なる弁護士事務所といふものは普通地下室や屋根裏の中にある筈がない――ところが尊厳なる弁護士・椋原孔明氏は屋根裏(どつこい地下室)に棲んでゐたといふわけであり、つまり話はただそれだけのことにすぎない。

さて、尊厳な弁護士・椋原孔明氏は、ひとつの穏やかならぬ(――と私は思ふが、勿論穏やかなことであつても一向私にさしさわりはないのであるが――)事情によつて、大枚三千円といふ聞いただけでも身顫ひのでる金策に苦しみはじめた。参阡円!

だういふ筋の穏やかならぬ事情であつたか、それを聞きたいといふ読者の考へが間違つてゐる。たとへば諸兄姉自らが金策に出向いたとして、金の必要なる所以を滔滔と論ずるところの自分の英姿を想像してみたまへ、概して借金の理由といふものも借金の言訳と同じやうにほんとのことは言へないものだ。要するに掛値のないほんとの話は、金が今にも必要だ! ただそれだけの話であつて、そのほかのことは各々に勝手なさうして逞しい空想力といふものがある。さういふわけで尊厳な弁護士・椋原孔明氏は、三千円の金策に身体のほそる悲しい思ひをしはじめた。――かういふ話は聞いただけでも身の毛のよだつものである。

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