TRENDIA CLASSIC

桜枝町その他

坂口安吾

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拙作「逃げたい心」で長野市桜枝町の位置が間違つてゐることを、本誌前号に長野の人が指摘してゐるのを読んだ。

僕は桜枝町へ行つたことがないのだから話にもならないわけで、長野の人に怒られても仕方がないのである。

然しあの小説の中の一々が出鱈目ではないので、たとへば読者が最も眉唾物に思ひさうな貧乏徳利だが、あれは私も実物を見てゐる。長野の正木映三君が考へてゐるものとは違ふやうだが、話によると、もう二昔も前から柳宗悦氏が目をつけて屡々自ら長野へ出向いては買ひ集め、目ぼしいものはあらかた同氏の所有に帰してゐるといふことである。この話は白樺派に関係のある友人の画家から聞いたのだから大概間違ひはないと思ふ。私の見た徳利はこの絵描きの物で、一升徳利だが、友人は花瓶に使つてゐた。これを桜枝町の古物商から三十銭で購めたといふ。同種の物の中では出来の悪い方だと云ふが、私には立派に見えた。松の山温泉は勿論実在するもので、あそこへは僕も再三遊びに行つた。然しあの小説に書かれてゐる感じとは少し違ふ。外丸から温泉まで四里といふのも嘘で、ほんとは三里弱であるが、深山の気分をだすためにことさら四里と書いた。松の山は良く知つてゐるから平気で嘘が書けるし寧ろ空想的になれるが、知らないことだと嘘も身を入れて言へないので勝手が悪い。右様の次第で、あの小説の中では一番怪しいのが桜枝町で、そのほかは大方の読者が思ふほど出鱈目でないことを(かう気取つて言ふほどの自慢にもならないが)納得あれば幸甚である。

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