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TORENDIA

古都

本文約16,400字 ・ 読了時間 約33分

あらすじ(AIが作成しました)

東京での生活に行き詰まりを感じた著者は、京都へ移り住む。伏見稲荷近辺の袋小路に位置する、弁当屋の二階という極めて安価で暗い住処を拠点に、周辺に集う奇妙な人々との交流や、底辺で生きる者たちの日常を描く。弁当屋の親爺が息子から押し付けられた過酷な労働を、愚直なまでの意地と愛情でやり遂げる様などを通じ、戦前の混乱期における「人生の落武者」たちの閉塞した生活と、その中で蠢く人間模様を綴る。

坂口安吾

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一

京都に住もうと思つたのは、京都といふ町に特に意味があるためではなかつた。東京にゐることが、たゞ、やりきれなくなつたのだ。住みなれた下宿の一室にゐることも厭で、鵜殿新一の家へ書きかけの小説を持込み、そこで仕事をつゞけたりしてゐた。京都へ行かうと思つたのは、鵜殿の家で、ふと手を休めて、物思ひに耽つた時であつた。

「いつ行く?」

「すぐ、これから」

鵜殿はトランクを探しだした。小さなトランクではあつたが、千枚ばかりの原稿用紙だけが荷物で、大きすぎるくらゐであつた。いらない、と言つたが、金に困つた時、これを売つてもいくらかになるだらうから、と無理に持たされた。

書きかけの長篇ができ次第、竹村書房から出版することになつてゐたので、京都行きを伝へるために電話をかけたが、不在であつた。その晩は尾崎士郎の家へ一泊し、翌日、竹村書房の大江もそこへ来てくれて、送別の宴をはらうといふわけで、尾崎さん夫妻が、大江と僕を両国橋の袂の猪を食はせる家へ案内してくれた。自動車が東京駅の前を走る時、警戒の憲兵が物々しかつた。君が京都から帰る頃は、この辺の景色も全然変つてゐるだらう、と、尾崎士郎が感慨をこめて言つたが、昭和十二年早春。宇垣内閣流産のさなかであつた。

僕が猪を食つたのは、この時が始めてゞあつた。尾崎士郎も二度目で、彼は二三日前に始めて食つて、味が忘れかねて案内してくれたのである。少し臭味があるが、特に気にかゝる程ではない。驚くほどアッサリしてゐて、いくら食つてももたれることがない、といふ註釈づきであつた。

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