幕末維新懐古談
本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
深夜の火災により焼失した師匠の家の跡地で、焼け出された職人仲間たちが過酷な避難状況を語り合う。筆者は自身の道具箱が奇跡的に無事であったことを回想し、火事の被害状況や焼失後の浅草の惨状を綴る。江戸末期の大きな火災を背景に、混沌とした都市の光景と人々が直面した苦難、そして静けさを取り戻していく年の瀬の様子を詳細に記録した回顧録である。
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帰ったのは九ツ過ぎ(十二時過ぎ)でした。さすがの火事もその頃は下火となって、やがて鎮火しました。
火事の危険であった話や、父に扶けられた話や、久方ぶり、母との対面や何やかやで、雑炊を食べなどしている中、夜は白々として来ました。
さて、翌朝になり、焼け跡はどうなったか。師匠の家の跡は……と父とともに心配をしながら行って見ると、師匠の家はない。焼け跡に、神田の塗師重の兄弟と、ほかに三人ばかり手伝いがボオンヤリと立っている。
互いに顔を見合わせて、何よりもまず昨夜の話、師匠はこれこれ、我々はこれこれと父が物語る。塗師重兄弟も嘆息しながら、
「まずお互い様に生命に別条なく不幸中の幸い……しかし、我々は逃げ損くなって実に酷い目に逢いやした。逃げようといって、蔵前の方へも逃げられず、並木へと行けど、それも駄目なり。やむをえず河岸へ出たものだ。ところがちょうど引汐時であったから、それへ荷物をウーンと出したものだ。すると、また上潮になって来て、荷物は浮いて流れ出す。……それを縄で括って流すまいとするその大混雑……其所へ、河岸へ火が出て来て猛火に煽られ、こげ附くようになりながら、浮き上がった荷物の上へ、獅噛みつき、身体を水に濡らしては火の粉を除けるという騒ぎ、何んのことはない、火責め水責めを前後に受けて生きた心地もしなかった。それに苦しい上にも苦しかったことは、あの、「乾」の烟草屋の物置きに火が掛かると、ありたけの烟草が一どきに燃え出して、その咽ることは……焦熱地獄とはこんなものかと目鼻口から涙が出やした」
と、今は寒さに震えながら、下火に当っての物語、……茫々莫々たる焼け跡の真黒な世界は、師走の鉛色な空の下に無惨な状で投げ出されていました。