四月馬鹿
本文約10,800字 ・ 読了時間 約22分
あらすじ(AIが作成しました)
武田麟太郎という作家の逝去に際し、著者がその人物像と生き様を綴る随筆。武田はかつて大阪で放浪し、自虐的なデマを飛ばすなど風変わりな行動を繰り返す一方で、鋭い観察眼と作家としての円熟を見せていた。本書は、武田が最後に仕掛けた四月馬鹿という嘘に託された、その寂しがり屋な一面や作家としての苦心に触れ、彼を偲ぶ一編である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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はしがき
武田さんのことを書く。
――というこの書出しは、実は武田さんの真似である。
武田さんは外地より帰って間もなく「弥生さん」という題の小説を書いた。その小説の書出しの一行を読んだ時私はどきんとした。
「弥生さんのことを書く」
という書出しであった。
その小説は、外地へ送られる船の中で知り合った人の奥さん(弥生さん)を、作者の武田さんが東京へ帰ってから訪ねて行くという話で、淡々とした筆致の中に弥生さんというひとの姿を鮮かに泛び上らせていた。話そのものは味が淡く、一見私小説風のものだが、私はふとこれは架空の話ではないかと思った。
武田さんが死んでしまった今日、もうその真偽をただすすべもないが、しかし、武田さんともあろう人が本当にあった話をそのまま淡い味の私小説にする筈がないと思った。「私」が出て来るけれど、作者自身の体験談ではあるまい。「雪の話」以後の武田さんの小説には、架空の話を扱って「私」が顔を出す、いわゆる私小説でない「私」小説が多かったのではあるまいか。武田さん自身言っていたように「リアリズムの果ての象徴の門に辿りついた」のが、これらの一見私小説風の淡い味の短篇ではなかったか。淡い味にひめた象徴の世界を覗っていたのであろう。泉鏡花の作品のようにお化けが出ていたりしていた。もっとも鏡花のお化けは本物のお化けであったが、武田さんのお化けは人工のお化けであった。だから、つまらないと言う人もあったが、しかし、現実と格闘したあげく苦しまぎれのお化けを出さねばならなかったところに、永年築き上げて来たリアリズムから脱け出そうとするこの作家の苦心が認められた。