実践について
本文約3,500字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
広島県労働組合の代表者らから突然知事選挙への出馬を懇願された中井正一は、知識人としての葛藤を抱えながらも、政治を「犠牲」と捉える青年の熱意に押され立候補を決意する。本作は、資金難や組織的な妨害、誤報による中傷といった困難な状況下で、自らも演説活動に奔走した選挙戦の様子を綴る。批判に留まらず、自身の意識や矜持を乗り越えて大衆と行動を共にする「実践」の意味を、激動の体験を通じて問いかける論考である。
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山口県の「光」に鉄道の講演会に行った帰途であった。柳井の駅で駅員が、「中井先生はいませんか。中井先生はいませんか」と叫んでいる。フト私の事かも知れんと思って、顔を出すと、「真直ぐに尾道に帰らずに広島に降りて下さい。労働者が待っていますから。鉄道電話の連絡です。」と言う。変だなとは思ったが、その頃広島県の中立委員として地方労働委員長をしていた私は、ともかくも広島で降りてみた。
駅では鉄道局の委員長が待っていて、笑いながら、「先生黙って私について来て下さい」と言う。いよいよ変だとは思ったが、よく知っている仲なので、「何だい」と言いながら、従わないわけにはゆかなかった。
電産ビルの地下室に入って見ると、意外にも五十名ばかりの人々がギッシリつまっている。委員長はいよいよ目をしょぼつかせながら「先生、今から人民裁判ですわ」と言いながら、「実は今広島県の労働組合の代表者五十名余と、社会党、農民組合の代表者が、先生を知事選挙の民主陣営の候補者として推す決議をしました。そこで先生のこれまでの履歴と抱負を話して下さい」と、お互いにあぐらを組んでの強談判といった工合である。それは選挙資格審査請求書提出期限の二日前のギリギリの日であり、現知事が今のところ一人舞台として無競争選挙かといわれているときのことであった。
「突然無茶な事を言ったもんだなあ」と私がいい出すと、みんなが「わーッ」と笑ってしまった。
私は言葉をつくして、自分は、文化運動ではいささか期するところがあるが、政治運動からは引かしていてくれと訴えた。しかし、彼等は頑としてきかない。一人の青年はしんみりと「先生、私達は永いこと苦しんで来ました。今度あ、先生、一つ犠牲になって下さい」と言った。この「犠牲」という言葉が妙に私の胸につき刺さった。
これまで、人々は政治は一つの栄誉と考えたがっていたのに、この青年は政治を犠牲と呼んでいるのである。新しい民主選挙が、青年の労働者に、具体的事実として教え込んでいるその正しさに、私はギョッとする程、打たれたのである。