歴史の流れの中の図書館
本文約4,400字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
個人から集団への生き方へと急速に転換する現代社会において、図書館が果たすべき役割を論じる。かつての保存を重視する文庫的形態から、効率的な情報網としての機能へと進化する図書館のあり方を考察する。特に国立国会図書館が目指す、日本全国の情報を組織化し活用する総合目録の構築と情報中心としての使命を強調し、歴史の奔流の中で精密機械のように機能する情報組織の重要性を説く。
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何か急流のように流れている世の中である。大きな潮の高まりが、せき止めようもなく、高まってゆき、何ものもがその流れの中に、身をゆすぶっているような感じである。
この流れが何処から起り、何処に流れてゆくか、誰も見定めることができない。ちょうど潮の干満が、遠い遠い月の世界と関係があると、誰が想像し得たであろう。
しかし、この流れの中で、一つの事は間違うことなく見定め得る。経済機構の発展につれて、この電信、電話、写真、ラジオ、飛行機等の技術の発展は、この五十年間に考えようもない進歩をとげた。そしてこの事から、人間が個人生活だけを守るという生き方が、その根柢から崩れはじめたといえる。そして、集団的な生き方が「いや」でも「おう」でも、人々の生活の中に、大浪がかぶさるように雪崩れて来たといえよう。
個人的な生き方から、集団的な生き方に、生き方が移りつつあるといえるであろう。そして、この集団的生き方に、早くなっていった民族が、未だ個人的生き方でまごまごしている民族よりも、経済でも、軍事でも、何でも盛大になり、強力になってゆきつつある事は、よほど注意すべき事である。
今世界の問題が米、ソ、の二国のもつ力のバランスによって、大きな影響をうけつつあることも、考え方によれば、一歩先んじて集団的生き方に民族を鍛えあげた民族が、世界の注目を浴びることとなったともいえるのである。早い話が、原子爆弾にしても、米国ではトルーマン声明によれば、十万人の人間がただ一つの集団的研究機関となって、極秘裡に研究していたのである。原子爆弾が一つの勝因ではあったであろうが、考えてみれば、勝利の決定的要素は、この十万人の研究組織をつくることのできたアメリカの国家機構の壮大なる運営才能であったというべきであろう。