幕末維新懐古談
本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
明治十二年、二十代後半の著者が、父である兼松と寿町で暮らした時期の回想を綴る。還暦を過ぎた兼松は、極めて器用な手先を使い、土や寒冷紗で精巧な虫のおもちゃを製する。それを葦の葉に留まらせる趣向を凝らし、散歩の折に道端で人々に披露しては、即興の商いを楽しむ。欲得ではなく、自らの工夫を面白がってもらうことに喜びを見出す、隠居した父の穏やかで風流な人柄と、当時のかつての東京の風俗を描く。
💰 この本を応援する(投げ銭)
暫く話を途切らしたんで、少し調子がおかしい……何処まで話したっけ……さよう……この前の話の処でまず一段落附いたことになっていた。これからは、ずっと、私の仕事が社会的に働きかけて行こうという順序になるので、私の境遇――生活状態もしたがってまた実際的で複雑になって行くことになりますが、話の手順はかえって秩序よく進んで行くことと思う。
ところで、今日は暫くぶりであったから、無駄話を一つ二つして、それから改めてやることにしましょう。この話は堀田原の家を師匠が売ったについて、寿町へ立ち退いた時代で、明治十二年の頃、父兼松が六十一、二、私が二十六、七という時、随分他愛もない話であるが、私の記憶には印象の深いものとなっている。……東京の年中行事の一つである鳥の市で熊手を売ったという話や、葦の葉の虫のおもちゃを売った話など……今日、こうして此所に坐っておってその当時のことを考えると不思議な気がします。
私の父兼松は、もはや還暦に達した老人となったが、至極達者なもので、私が一家のことをやっているので、隠居で遊んでいてもよろしいのであるけれども、始終、何かしら自分で働くことを考え自分の小遣い位は自分で稼いでいる、何といって取りとまったことはないが、前申す如く、大体器用な人で手術は人並みすぐれている所から、何かしら自分の工夫で小細工をやって見たい。安閑としてぶらり遊んでいることは嫌いで必ずしも自分の仕事が銭にならなくても、手と脳とを使って自分の意匠を出して物を製えて見ようというのである。それで孫が出来れば、孫のためにおもちゃをこしらえる。引っ越しをすれば、越した先の家の破損を繕う。籬を結い直す。羽目を新しくする、棚を造るとか、勝手元の働き都合の好いように模様を変えるとか、それはまめなもので、一家に取って重宝といってはこの上もない質の人でありました。