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TORENDIA

幕末維新懐古談

本文約870字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

東雲師の没後、その家族や関係者の歩みを綴る。二代目東雲となった息子栄吉の堅実な生活と家業の変化、しっかり者として店を切り盛りする妹かね子の動向を描く。さらに、祖父の技を継ぎ自身の弟子である三代目東雲候補の晴雲の状況や、師の妹の娘が嫁いだ北海道の豪商中山家との交流などを追い、師匠の家系がいかに続いてきたかを回想する。

高村光雲

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🎧 幕末維新懐古談 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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ついでながら師匠東雲師の家の跡のことをいって置きましょう。

師が没せられて後私ら兄弟子三枝松政吉氏が後のことを私に代ってやったことは、先日話しました。東雲の二代目になる息子は、雷門の焼けた丑年生まれで、師の没せられた時は十四、五、名を栄吉といって後に二代東雲となりましたが、この人、気性は父に似て至って正直で、物堅い人、また甚だ楽天家でありましたが、かなり酒量の強い方の人であった。しかしそのため他人に迷惑を掛けるというようなことは決してなかった。一時瓦斯株を買って大いに儲け、従前よりも一層派出にやっていた時代もあったが、その後また都合が悪くなったということであった。あるいは株の下落したためであったことであろう。その中、未亡人も没し、政吉氏も亡くなって、とても大店がやって行けなくなり、手元は不如意がちでついに店を人手に渡すことになりました。栄吉氏の弟に豊次郎という人があったが、これは早世しました。妹のかね子という人は、女ながらなかなか確かりした人で、仕事も出来、手もよく書き貞女にて、千住中組の商家に嫁ぎ、良人の没後後家で店を立派にやって行き、今日も繁昌致しおります。

二代東雲の栄吉氏の子息は、祖父東雲師の技倆をそのまま受け継いだようになかなか望みある人物であります。これは私の弟子にして、丹精致しまして、目下独立して高村晴雲と号しております。三代目東雲となるべき人であります。ただ、惜しいことには、健康すぐれず、今は湘南の地に転地保養をしておりますが、健康恢復すれば、必ず祖父の名を辱かしめぬ人となることと私は望みを嘱しております。

さて、また、彼の金谷おきせさん(東雲師末の妹)は良人没後再嫁し、娘が出来ました。その娘が金物商中山家へ縁附きました。中山氏は北海道樺太地方に事業を起し、今日では樺太屈指の豪商となっている。で、その弟息子に金谷の家の跡を襲がせることになっております。中山家と、私宅とは今日親密の交際を致し、同氏出京の時は必ず拙宅に訪問されております。右ようなわけにて師匠東雲師の跡はまずよろしき方で残っているわけであります。

完

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