結婚と恋愛
本文約8,100字 ・ 読了時間 約17分
あらすじ(AIが作成しました)
エンマ・ゴルドマンは結婚と恋愛を対立するものとして論じる。結婚は経済的な取り決めに過ぎず、男女を従属や寄生の状態に置く制度であると指摘する。一方、真の愛情に基づく関係には自由な選択が必要であり、社会的な虚偽や抑圧を排した恋愛こそが、新しい人間と社会を創造する唯一の根拠であると説く。本書は結婚制度の破綻を統計や文学作品から検証し、恋愛と個人の尊厳を優先する自由な精神の重要性を主張する随筆である。
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結婚と恋愛に関する一般の観念は其が同意義であり、同じ動機から湧き出し、同じ人間の必要を蓋ふてゐると云ふのである、大抵の通俗観念と同様にこれも亦事実に基かないで、迷信に基いてゐるのである。
結婚と恋愛は共通な何物をも持つてはゐない。両者はまるで両極のやうに離れてゐる。実際、相互に敵視してゐるのである。勿論ある結婚は恋愛の結果であつた。然し恋愛が結婚に於てのみそれ自身を肯定することが出来るからだと云ふのではない。寧ろ大抵の人が習俗をまつたく脱することが出来ないからだ。今日では多数の男女にとつて結婚は喜劇以外の何物でもない。ただ輿論の為めにそれに服従してゐる許りである。兎に角或種の結婚は恋愛を土台としてゐることは事実であるし、またその恋愛が結婚してから継続してゐるのもあるのは等しく事実ではあるが、私はそれが結婚とはまつたく関係が無いものであり、又それが為めだと云ふやうなことを主張したくないのである。
それに又恋愛が結婚の結果だと云ふのが既に全然誤つてゐる。極く稀れな場合に夫婦が結婚後初めて恋に落ち入ると云ふ奇蹟的現象を聞くこともあるが、よく/\験べて見ると、やむを得ない場合に於ける単なる調停妥協だと云ふことが発見せられるだらう。相互間に漸次生じて来る恋愛は自発、熱烈性、恋愛美など云ふものから遙かに遠い、それ等のものが欠けてゐれば結婚は男女両者にとつてみじめなものとならなければならない。