岡ふぐ談
本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
食糧難に悩む著者は、飢えをしのぐため蝗を捕食する生活を送る。ある日、隣村の老友から猫肉を食すことを勧められ、その美味を説かれる。猫肉は古くから『岡ふぐ』と呼ばれ、珍味として嗜まれてきたという。著者は伝授された猫の捕獲法と調理法を学び、自らも実践することを決意する。本作は、窮乏した時代における獣肉食の経験と、その調理法を綴る。
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今年は、五十年来の不作で、我々善良なる国民は来年の三月頃から七月頃にかけ、餓死するであろうという政府の役人の仰せである。そんなことなら爆弾を浴びて死んだ方がよかったというかも知れないが、運悪く生き残ってしまったのであるから、なんとしても致し方がない。幸い、防空壕を埋めないで置いてあるから、いよいよ飢餓が迫ってきたならば壕の底へ長々と伸びて、いよいよそのままとなったら、簡単に上から土をかけて貰うことにしよう。
そして、食い納めであるから、蝗を捕ってきてくれと、娘に命じたところ、娘は小半日ばかり稲田のなかを歩きまわって帰り来り、今年は蝗がいませんと言って、茶袋を縁先へ投げ出したのである。見れば、袋のなかに僅かに十数匹の蝗が、飛び脚を踏ん張り合って、揉み合っているだけである。米が不作の年には、蝗まで不作であるとみえる。十数匹の蝗を竹串にさして、塩をなすり、焚火に培って食べたところ、長い間動物性の蛋白質に飢えていた際であったから、素敵においしかった。
私は、昨年の三月故郷の村へ転住してからというもの、一回も魚類や油類の配給を受けなかった。汽車の切符が買えないから、釣りには行けない。闇で鯖の乾物でも買って食べたいと思ったが、そんな手蔓はない。
そこで、娘に蝗を捕らせて食った次第であるが、動物を食べたのは数ヵ月振りだ。これで一盃あれば結構な話であるけれど、三月から十一月までに、ただの一回、僅かに二合の合成酒が配給されたのみ。
明日から、自ら田圃へ出動して蝗を捕ることにきめた。蝗はもう霜に逢っているから羽が強くきくまい。何匹かは捕れるであろうと思う。しかし、世の中には蝗などいう虫けらは食わんと毛嫌いする人があるが、それは食わず嫌いというものだ。
元来、蝗は関東から東北地方の人々が好んでよく食う。信州や北陸地方の人々も、酒の肴にする。支那でも盛んに食い、中央亜細亜方面では佳饌のうちに加えられてある。