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TORENDIA

しゃもじ(杓子)

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

初夏の夕暮れ、東箱田から村へ帰る野道で、漆黒の巨大なしゃもじ型の怪物が宙に浮き上がるという不可解な現象に遭遇する。恐怖のあまり逃げ帰った青年は、翌日、隣村の友人にその体験を打ち明ける。友人の祖父から、その地には悪戯好きな古狸が住み着いているという伝承を聞かされ、青年は自身の遭遇した奇異な出来事を振り返りながら、古来より語り継がれる変化妖怪の伝承や実例を交えて、その不可思議な体験を回顧的に綴る。

佐藤垢石

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🎧 しゃもじ(杓子) / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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二、三日前、隣村の老友が私の病床を訪れて、例の「しゃもじ」がまた出たという。

貴公が、出あったのか。

いや、僕ではない、近所の青年が度胆を抜かれよった。

さては、彼の狸め、今もって頑健であるとみえるな。

怪物「しゃもじ」のことについては拙著「狐火記」のうちに書いておいたが、しかしこのような剽軽な変化は、二度と再び出るものではあるまいと当時考えていたから、このたび再び出現したというのをきいては、まことに今昔の感に堪えない。

今から、四十二、三年も昔のことであるから、私の青年時代である。隣村の東箱田にある村役場へ用事があって、ある日の午後から出かけていくと、折りよくこの老友も役場で雑談に耽っていた。

今は既に老友となったけれど、この老友も私と同じに歳は若く、気は盛んであった。久し振りの機会であったので、役場の小使に頼んで、濁酒一升を取り寄せた。われら二人は、豪酒であったから、僅かに一升を酌みあったのでは、腹の虫の機嫌に触れぬ。

とはいえ、季節は折柄養蚕上簇に際し、百姓は働けども働けども忙しい。しかも、働き盛りの青年が、酒をあおって節季を等閑視したとあっては、荒神さまに申しわけがたたぬであろう。

貴公、今日はこれだけで、次回を期すということにしようじゃないか。

よかろう。だがな、二人でもう五合ほしいじゃないか――。いや待て、腹の虫を抑えるのはここだ。

惜しい最後の一盃を呑み干し役場を出た。友は役場の前を出るとすぐ左手へ曲がって別れ、近くのわが家の方へ帰って行った。私は、野道を東に向かい、わが村の方へ急いだのである。

初夏の微風が、ほんのりとした頬を爽やかに吹いて快い。六月はじめの田圃は麦の波が薄く黄褐色に彩られて、そよそよとしているけれど、桑は濃緑色に茂り合い、畑から溢れんばかり盛り上がっている。なんと豊満な野面の風景であろうと思いながら、感服して歩いた。

役場のある東箱田と、私の村との、ほぼ中間に殿田用水の石橋がある。石橋の手前の方二十間ばかりは、路の両側に桑畑が森の如く茂り合っている。路の幅は、一間半あるかないか。

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