石亀のこと
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あらすじ(AIが作成しました)
利根川で少年の頃に父と鮎釣りをした著者が、若鮎を釣るための多様な餌について綴る。毛鈎を用いた釣りが一般的ではない時代、魚の蛆や藻蝦を餌として使い、特に水際の小石の中に生息する小虫である石亀が有効であったと回想する。さらに、小田原や伊豆など各地の川で目撃した鰺の肉やシラスを用いた釣り技法にも触れ、場所や季節を問わず工夫が重ねられる餌釣りの魅力を記す。最後には、釣友から誘われた四国への餌釣りの旅への思いを記している。
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鮎は、毛鈎や友鈎で掛けるばかりでなく、餌に食いつくのは、誰も知っている。
私が少年のころ、父と共に利根川で用いていた毛鈎は、播州ものの甚だ粗末な出来であった。近年のように加賀鈎や土佐鈎のように精巧のものは、見たこともなかったのである。だから、毛鈎で若鮎を釣るのに、必ず餌をつけたものだ。
最も広く用いられたのが、魚の蛆であった。空鈎を水中へ流しても釣れないが、蛆を餌につけると、よく釣れた。次に、藻蝦の肉を餌に用いた。藻蝦のくびを取り去り、殻の上から二本の指先で押すと、肉が飛び出す。それを鈎へつけると、若鮎は争ってそれを食った。若鮎は、遠く河口から上流さして遡りくる途中、藻蝦を常食にしていたためかも知れない。
蛆も藻蝦もないときには、石亀を用いた。石亀は、川虫の一種である。水際の小石の上をさらさらと流れる浅い瀬に、小砂を長さ一分五厘くらいの長さの筒にまとめて、その中に棲んでいる青灰色の細長い小虫である。これも、若鮎の好物である。これを鈎先にさしても、よく食いついた。魚釣る餌には、誰でも苦労するものだ。
後年、相州小田原の酒匂川へ遊んだとき、土地の釣り人が道楽に処女の髪の毛を用い、たなご鈎ほどの小さな鈎に、なにか餌をつけて浅瀬で若鮎を釣っているのを見た。頻繁に、釣れるのである。どんな餌かと、その釣り人に見せて貰ったところ、それは石亀であった。
石亀は、栃木県と茨城県にまたがる那珂川の釣り人も、若鮎釣りの餌に使っているという話だ。どこの釣り人も、同じ餌を発見するものと見える。
鰺との肉で、若鮎を釣るのを見たのも、小田原の山王川の上流であった。それは、明治の末年であったろう。
湯河原の千歳川でも、熱海の町を流れる小川でも、鰺の肉やシラスの頭で若鮎を釣っていた。それを、はじめて見たのは、まだ小田原から熱海へ人車鉄道が通っている頃だ。