幕末維新懐古談
本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
彫刻家の著者は、制作のモデルとなる優れた狆を探し求める過程で、かつて徳川家に仕えた戸川家ゆかりの狆「種」と巡り会う。それまで使っていた別の狆と「種」を比較観察するうちに、著者は後者の圧倒的な良質さを痛感する。本書は、この経験を通じて、物事の形を正しく捉えるためには広い視野でモデルを厳選し、自身の認識を常に更新する必要があるという創作上の教訓を綴る。
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合田氏のはなしを聞けば、なるほど耳寄りな話である。
合田氏は、私の今使っているモデルの狆を口ではそれと悪くはいわないが、この狆よりも数等上手の狆がいることを話された。それはツイ先月の話のことだが、合田氏の知人に、徳川家の御側御用を勤められた戸川という方があって、その御隠居が可愛がった一匹の狆があった。それはなかなかの名狆であるのだが、戸川家も世が世で微禄され、御隠居も東京を引き上げ、郡部へ引っ込むについて狆を田舎まで伴れて行くのも大儀故、何処か好い貰い手があれば呈げたいものというので、合田氏へも話しがあったが、合田氏も狆を飼って見る気もないので話はそれ切りになってしまったのである。今少し早かったら、注文通りのお手本があったのに惜しいことをしたという話である。
「どうも、これはあなたが残念がるよりも私は一層残念なことに思いますが、もうその狆は何処かへくれてしまったでしょうか」
私が訊ねますと、合田氏は、
「さあ、多分、もう何処かへ縁付いたことと思いますが、ひょっとすると、まだそのままになっているかも知れません。一つ聞いて見て上げましょう。ツイこの御近所の御徒町四丁目に戸川の親類が荒物屋をしていますが、ひょっとすると、其処へ貰われて行ってるかも知れません。私が手紙を附けて上げますから、誰かお弟子を使いに上げて下さい」
ということになった。
戸川さんの親類の荒物屋というのは、これもお武士の微禄された方で、荒物渡世をしてどうにかやって行かれているのだと合田氏の話。何はとまれ、狆が其処にいてくれれば好いと、私は国吉を使いにやった。
「もし、狆が荒物屋にいなかったら、行った先を其処で聞けば分ります。郡部へ伴れて引っ込んだか人にやったか、当りは付きます。その事をよく聞き正して見て下さい」
合田氏はいろいろ注意して下さる。
毎度国さんは御苦労だが、例の中風呂敷を持って出掛けました。近所のことなり、若い者の足で間もなく帰って来た。話を聞くと、狆は荒物屋にはいないということ。
「狆は、もういないのかね」
「ええ、狆は荒物屋にはいません。ですが、四谷の親類の方にいるんだそうです」
「四谷にいると、本当に」