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TORENDIA

ザザ虫の佃煮

本文約2,300字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

秋の利根川で釣りを楽しんだ幼少期の記憶から、川虫を餌とする釣りの魅力について綴る。信州高遠の桜見物で、土地の郷土食として供されたザザ虫や川百足などの昆虫食を体験した際の戸惑いと、その食文化に対する独自の考察を述べる。食に対する信州の歴史的背景に触れつつ、未知の食材を口にするまでの心理と、実際に試した際の実感を記した随筆である。

佐藤垢石

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🎧 ザザ虫の佃煮 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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秋の蠅も、私には想い出の深い餌である。私の少年のころのある期間、父は忙しいので私の釣りの相談相手になれなかったことがある。私は、一人で竿から仕掛け、餌のことまで、才覚思案した。

上州へは、秋が殊のほか早く訪れるのが慣わしである。九月上旬になると、赤城と榛名の峡から遠く望む谷川岳や、茂倉岳の方に、黒い雲が立ちふさがって、冷たい風を麓の方へ送ってきた。日中は暑いけれど朝夕は、利根川の流れに風波が立って、もう寂しい秋がきたことを想わせる。

私は、小学校から帰ってくると、縁側を弱い羽で飛んでいる秋蠅を捕った。これを餌に持って利根川へ行った。辺地に近い石かげへ、短い竿で蠅をさした鈎を投げ込んだ。すぐ当たりがあった。小さいはやが、いくつも釣れた。黄色く色づいた稲の畔を走って、夕暮れの田んぼを家へ帰ってきた。そして、母に釣ったはやを焼いて貰って、夕飯のとき食べた。

それは、遠い昔の想い出である。

それから私は、少し大きくなってから、蝗を餌にして、長い竿でぶっ込み釣りで、秋のはやを釣ることを習った。ある夕、一尺前後のはやを十尾以上も釣って、雀躍りしたのを記憶している。いまでも釣りするたびに、子供のときのような心になって、喜びたいとねがうのである。

川虫も、山女魚やはやを釣るには、なくてはならぬ餌である。川虫には、平たい草鞋のような形をしたのもあれば、百足のような姿をしたのもある。また挟み虫のようで、黄色いのもある。これは、いずれもかげろうの幼虫であろう。

なかでも、挟み虫のような形で、黄色い川虫を山女魚やはやが好むようである。わが故郷では、これをチョロ虫と呼んでいる。

昨年の春であったか、信州の諏訪に住んでいる正木不如丘博士に会ったとき、釣りの話のことから、このチョロ虫の身の上談に及んだことがある。博士がいうに、その虫ならば自分のくにの川にも、いくらも棲んでいる。そして、それを信州ではザザ虫と呼んでいるのだ。このザザ虫は、魚の餌になるばかりでなく、人間の餌にもなるのだから、妙だ。

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