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TORENDIA

幕末維新懐古談

本文約2,500字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

フランス博覧会へ出品する木彫作品のモデルとして、彫刻家は理想のチャボを求め奔走する。動物に詳しい知人の紹介で入手した、家禽研究者が丹誠込めて作り上げたという立派なチャボは、周囲の評判が芳しくない。一方、別途借り受けた小ぶりなチャボは誰の目にも理想的と映る。彫刻家は専門家の意見と世間の認識との間で葛藤しながら、確かなモデルを選定するために試行錯誤を重ねる過程を綴る。

高村光雲

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🎧 幕末維新懐古談 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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以前狆のモデルで苦労した経験がありますから、今度はチャボのモデルは好い上にも好いのを選みたいというのが私の最初の考えであった。

しかし、矮鶏は狆と違ってその穿鑿も楽であろうと思った……とにかく、早速、狆のモデルの事で注意を与えてくれた彼の後藤貞行氏を訪ねて、今度の製作のことを話し、チャボの良いのがなかろうかと相談しました。

動物には何かと関係のある人だから、早速、或る人を私に紹介してくれた。その人は、元農商務省の役人をしていた人で、畜産事業をやっていたが、目下は役をやめ家畜飼養をやっている、本郷駒込千駄木林町の植木氏という人であった。

私は直ぐその人を訪問しました。ちょうど、現在の私の宅と同町内で、その頃長寿斎という打物の名人があった、その横丁を曲がって真直突き当った家で、いろいろ家禽が飼ってあった。

植木氏に逢って、これこれと話をすると、同氏は暫く考えて、矮鶏の見本として上乗のものがある、という事。それは何処にありますかと訊くと、自分の宅にある。が、しかし、それは、世間でおもちゃにして飼っている矮鶏とは異って、本当の矮鶏で、自分が六代生まれ更らせて、チャボの本種を作り出そうと苦心して拵え上げたもので、これ以上本筋のチャボはない。世間で一升桝に雄雌這入るのが好いとか、足が短くて羽を曳くのが好いとかいうのは、これは玩具で、いわば不具同様、こんなのは矮鶏であって、矮鶏ではない。今、それをお目に掛けようといって、主人は書生に命じてその雄雌のチャボを私の前へ持って来させました。

見ると、これが矮鶏かと思うような鶏である。

しかし、立派なことはなかなか立派であった。脚が長く、尾は上へ背負っている。羽毛は切れ上がって非常に活溌で、鶏としては好い鶏とは思えますが、どうも、従来、私たちが目に馴染んでいる矮鶏とは形が余り大まかで、矮鶏という感じがない。けれど、以前、葉茶屋の狆と、戸川さんの狆との対照のこともあるから、家禽専門家の言葉を信用せぬわけには行きません。

それに植木氏はこういって説明を加えられている。

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